ドキドキしていますわ、お兄様 2
あんなに大きなタペストリーを作るのに、どれくらいの時間がかかったのかしら? よく熟れた柿のような色合いに、太陽、火、風、月、水、土、6つのシンボルが6角形になるように配置されている。シンボルは濃紺で描かれている。多分だけど、過ぎた年月がタペストリーにくすみをつけて、渋く力強いエスニックな雰囲気に仕上げてくれたみたい。
元の色がどんな色だったのか、想像がつかないけれど、エスニックな雰囲気はこの国ではちょっと見られない色使い。これはこれで素敵だわ。ターメリックやカルダモンといったスパイスの香りが漂ってきそうよ。インドの民族楽器の音色とかも聞こえてきそうだし。
……って、ちょっと脱線してしまった。
あのタペストリーは、精霊からの贈り物だと言われているのよね? ……わたしにとっての精霊と言えば、やっぱりヘルメスだ。
あれ以来、顔を見ていないけど、あの人、人? 元気にしているのかしら?
何より、わたしとシール兄様たちの繋がりが切れないようにしてくれた人。
遅くなったことを心の中でお詫びしつつ、感謝の気持ちを彼に向ける。
「君の気持ちは、確かに受け取ったよ、ステラ。ところで、ライオット。グロリアもだけど、君たちはいったいナニをしていたのかなあ?」
「っ!」
何の前触れもないまま、背後から聞こえてきた声に危うく「うぎゃーッ!」と叫びそうになってしまった。この声は、ヘルメスだけど……なんだかお怒りモード?
「俺らだって、見落としくらいあるっつーの。っつか、それで言ったら、あれを織ったのは誰だよ? 布にしてから染めたんじゃねえだろ、あれ」
「ご明察。糸を染めてから織ったもので、実行犯は今、じい様ににらまれてるところ」
「自業自得だな」
ライオット様、少しイライラなさって……? 何が原因なのだろうかと、伺うように視線を向けたら「献上品を染めて、織ったのは精霊だ」と小さく鼻を鳴らした。
ヘルメスから一方的に責められたのが、面白くなかったみたい。
「悪かったよ。ステラをかまうのに忙しくて、しばらくおとなしいだろうって、監視の目をゆるめたこっちも悪いんだ。これ以上は、言わない。贈った物は、こっちでこっそり処分するから、君は分かってるな?」
「封印するように、あのバカを締め上げればいいんだろ?」
「その通りだ」
ライオット様の言葉を肯定する返事とともに、ヘルメスの気配が消えた。ただ、彼がいなくなる直前に、わたしの頭にぽんと手が乗せられたような感触があったのは……。
「ダンジェ伯爵並びにミス・マレフィセント──!」
おっと。シール兄様たちの入場だわと、顔を入り口の方へ向けた直後、ざわっと会場が揺れた。鳴りやまなかった拍手が、ぴたりと止まる。わたしの手もつられて止まってしまった。
拍手が止まったのは、『ミス』という敬称に、驚いてしまったのだろう。
ミス~、と呼ばれる方が社交界に出入りすることは、それほど珍しいことじゃない。下級貴族のお相手ともなれば、裕福な庶民の女性であることも少なくないからだ。
それでも、そういった方を連れているのが、伯爵となると話は少し違ってくる。自分の立場を考えなさいとか、身分を忘れたの? なんて周りの人たちから言われてしまう。
でもね、身分は大事なことかも知れないけれど、必要なことではないと思うの。
どちらもわたしの自慢のお兄様とお義姉様──いえ、お養父様と未来のお養母様よ。
メインゲストのパートナーとして参加したわたしが拍手をするのは、ルール違反まではいかないまでも、あまり褒められたものではないと分かっている。
それでも、わたしはシール兄様とグロリアさんの入場を喜びたい。
わたしが拍手をすると、ほぼ同じタイミングで、隣から拍手が聞こえた。ライオット様だ。それだけじゃない。少し離れたところからも拍手が聞こえる。きっと、ヴィンス兄様とエル義姉様だと思いきや、王家の方々も拍手をして下さっていた。
その後は言わずもがな。拍手は一気に広がり、会場は大きな盛り上がりを見せる。
拍手を続けたまま、入り口の方を見た。
やっぱり、美男美女のカップルは素敵だわ。
シール兄様もグロリアさんも、足運びはとっても優雅。今、この時、自分たち以外に見るものがあるかと言いたげな、自信と誇りに満ちたお顔をしていらっしゃる。
一瞬、会場が静まり返ったことなんてなかったみたいな、堂々としたお姿。尊い。
あ、シール兄様と目が合っ……! 嬉しい。嬉しいけど、ここで笑いかけないでぇっ! ブラコンレベル、いえファザコンレベル? が上がりそう…………っ。
何のリアクションもできない我が身が悲しいわ。本当は、両手で顔を隠して、叫びながら天を仰ぎたいのだけれど……そんなことをしたら、わたしの令嬢人生、終了の鐘が鳴るわ。
動いちゃダメ、ゼッタイ。でも心の中では、サンバダンサーズが大フィーバー中よ。




