ドキドキしていますわ、お兄様
わたしには、前世の記憶がある。それによると、ここは『カーネーションを花束に』という少女漫画の世界──ではなくて、その漫画とよく似た別の世界。漫画と現実は大きく違っていて、主人公と悪役の立場が入れ替わっているようなのだ。
主人公をいじめるはずの悪役が、主人公にいじめられている。このままでは、わたしのお先は真っ暗だと、わたしは漫画とは全く違う行動にでることにした。
それは、漫画に出てこなかったキャラクター、2人目の兄シルベスターに頼ること。その結果は大正解! わたしは、それまでの生活が嘘のように幸せな毎日を送っている。
……幸せだけど、毎日が目まぐるしくて。だから、『カネ花』のことなんて、すっかり忘れていたのよ……別に後ろ暗いわけではないけど、視線が泳いでしまうわ。
あ、でも、『カネ花』にも舞踏会のエピソードがあったのよ。
ヒロインは、家族枠で舞踏会に参加。エスコートはなし。
ステラ=フロル・エデアは、婚約者であるフランシスにエスコートされて参加していた。でも、彼に不満があった彼女は入場してすぐに、別行動をとる。1人残されたフランシスは、これ幸い(?)とばかりに、ヒロインをエスコートするのだ。
仮デビュー同士だったためか、社交界では、彼の2人の婚約が内定しているのではと噂になる。あれ? 婚約者って彼女だったっけ? という描写はあったものの、その疑問は「ま、いいか」でスルーされていた。
面白くないのは、ステラ=フロル・エデアだ。ヒロインのせいで、大恥をかいたと当たり散らすが、元々は自分の軽はずみな言動が招いたことだ。
この舞踏会がきっかけで、ステラ=フロル・エデアの評判はますます下がっていく。
さて、現実はというと──わたしのエスコートは、漫画には登場しなかったライオット様。エスコートありの家族枠参加ではなくて、メインゲストのパートナーとして参加。
こんなにもストーリーとかけ離れるなんて、夢にも思わなかった。
わたしの前には、輝かしい国王陛下と王妃陛下。その両隣には2人の王子殿下。
元々、美男美女のお家柄なのよ。でも、きらきらと光り輝いて見えるようで、非常に眩しい。目がつぶれそうよ。これが国を背負ってこられた方々のオーラというものなのかしら?
第三王子殿下は、こんなにきらきらしてはいなかったのに。
そうね……漫画表現で言うなら、お花とか点描を背負っている感じ。舞台なら、スポットライトを浴びている感じだわ。
こんなにも麗しい方々が、わたしたちの国を治めて下さっているなんて──。とても誇らしい気持ちを抱きながら、今のわたしができる、最高のカーテシーでご挨拶申し上げる。
「ありゃ、ダメだな」
「え?」
ライオット様のつぶやきは、わたしに冷や水を浴びせかけた。浮ついていた気分が、一気に冷めたものへと変わる。一体、何がダメなの? わたし、何か失敗したかしら?
すぐにでもライオット様に詰め寄りたい気持ちをこらえ、ご一家の前から辞する。
「あの……ライオット様、何がダメなのでしょう?」
「衣装だ。もっと言えば、シールが献上したスパイダーシルクだな」
あ! もしかして、あのお花とか点描を背負っているように見えるのは……
「絶対になんか変な補正がかかってるぞ、あれは」
苦々しげにつぶやくライオット様。
良かった。気づかないうちにわたしが何かやらかしていたとか、そういうのじゃなくて。
そういえば、エル義姉様とグロリアさんも、きらきらしていたわ。第三王子殿下のきらきらが足りないのではなくて、陛下たちがきらきらマシマシだったのね。納得。
国王陛下がお召しになっているのは、灰色がかった白のジャケットにバラ色のタイ。ジャケットには、艶のない金色で刺繍が施されていた。王妃陛下は、鮮やかなバラ色のドレスをお召しになっている。陛下のジャケットと同じ白を合わせて、明るく華やかな雰囲気だ。
第一王子殿下のジャケットは、ネイビー。白いシャツに、ややくすんだ赤紫色のタイ。第二王子殿下は、ライトブルーのジャケットにネイビーのシャツ。ローズグレイのタイを締めていらっしゃった。華やかなご夫婦とは違う、洗練された大人の雰囲気があった。
たぶん、ジャケットとドレスに例のスパイダーシルクが使われているのでしょう。
「スパイダーシルクの件は後でどうにかするとして、とりあえず、見せ場が1つ終わったな。まだ、ファーストダンスが残ってるから、リラックスとはいかないが──」
セレモニーの間の待機場所に来れば、注目度はぐっと減る。そのことにほっとしたものの、
「そうです…………ね……」
あることに気が付いた、わたし。すっかり、忘れてしまっていたわ──!
「? どうした?」
タペストリィィーーーーッッ!! 人目がなかったら、がっくりと膝をついているところだ。
「タペストリーが、まっったく目に入りませんでした……」
だって、だって、正面には玉座しかなかったのだもの。そのことを言うと、
「あぁ……目線の関係か? タペストリーは、玉座の上だ」
少しだけ顔を動かして、玉座の方を見れば──あった! あったけれど……あれって、壁じゃないの!? タペストリーなの?! エル義姉様は大きなタペストリーだっておっしゃっていたけど、大きすぎない?! 壁の3分の2くらい占拠しちゃっていますけれど!?




