いよいよですわ、お兄様 2
リゴレット離宮の中は、彫刻だらけ。入り口にも彫刻。柱の上下にも彫刻。照明も、女性像や天使が持っている。大階段の部分は吹き抜けになっていて、階段を上がってくる人の様子が分かるよう、バルコニーが備え付けられていた。
今夜は、そのバルコニーにバラをはじめとした花がふんだんに飾られている。どのアレンジにも、必ずと言って良いほど使われているのは、深い赤紫色のバラ。このバラは、ダーク・ドーンという品種で、今年のバラに選ばれたのだそうだ。
花弁が厚めで、シックな色合いのバラは、ラグジュアリーな雰囲気がある。
「おっと。そろそろ、メインゲストの入場が始まるみたいだぞ」
ライオット様の言葉につられて、ちょうど向かい側になったホールへの入り口に目を向けた。メインゲストに整列を頼んでいるようだ。わたしたちも移動した方が良いだろう。
メインゲストの数は、150組、300人。スムーズに入場しないと、進行が遅れてしまう。段取りを担当している侍従の声を聴きもらさないように耳を澄ませていると、会場から国王陛下と王妃陛下、お2人の王子殿下の入場を告げる声が聞こえてきた。
あらかじめ聞いてはいたけれど、やっぱり第三王子殿下が出席されないというのは、少し残念な気がする。
「スーが気にすることはないよ。自業自得なんだから」
「少し考えれば、もう少しうまく立ち回れたでしょうに……」
シール兄様とグロリアさんは「若さって怖いね」とあきれ顔で肩をすくめていた。
「お前はお人よしだなぁ。ここはざまあみろって、顔をしてりゃあいいのによ」
ライオット様はわたしの頭をなでようとしてくださったみたいだけど、今夜は髪をセットしているので、途中で手が止まっていた。
「カッコ悪……」ぼそりとグロリアさんにささやかれ、
「うるせッ」ライオット様は、威嚇するように前歯を見せた、直後──
割れんばかりの拍手が会場から聞こえてきた。入場が始まったみたいだ。
わたしがいる場所からでは、会場の様子は全く分からない。
「いよいよだな」
「は、い……」と、返事はしたものの、いよいよだと思うと、緊張して体ががちがちになってしまっている。それに、足が生まれたての小鹿のようにプルプル震えているわ。
「すっげ、震えてんな。大丈夫だ」
わたしの手を包むライオット様の手に、きゅっと力が籠もった。強すぎず、弱すぎない力は、わたしに力を与えて下さった。
わたしは、生唾を飲み込んで、一瞬だけ目を閉じる。
大丈夫。隣には、ライオット様がいて下さるのだから、心配ないわ。
ゆっくりと目を開け、ライオット様とつないでいる手を見る。彼の手袋、手首のあたりに見えるマーガレットの刺繍──あぁ、そうだったじゃない。わたし、ライオット様に「舞踏会に一緒に行ってくれないか?」って誘われたのよ。
小さくうなずいて、隣に立つ彼の顔をうかがうと、視線が合った。ニッと唇を上に持ち上げ、自信ありげに笑ったライオット様は
「思い出したか? 俺がお前を誘ったんだからな? 堂々としてろよ?」
「はいっ」そうよ。ここで、俯いたりしていられないの。エル義姉様も言っていたじゃない。
「社交界は、侮られたら終わりよ」──って。
背筋を伸ばして、堂々と歩かなくちゃ。英雄と呼ばれるこの人に、パートナーとして選んでもらえたのよって、それだけの価値がわたしにはあるのよって、自信を持つの。
「あぁ、いい顔になったね、スー。わたしが主役ぐらいの気持ちで堂々と歩いておいで」
「周りのカボチャ令嬢の視線なんて、鼻で笑っていらっしゃい」
ライオット様だけじゃないわ。シール兄様とグロリアさん、会場にはヴィンス兄様とエル義姉様だっていらっしゃるもの。気おくれしている場合じゃないわ。
「はいっ。カボチャなんかに負けません!」
シール兄様とグロリアさんに、笑顔で見送られたわたしの返事は、自分でもびっくりするぐらい力強いものだった。
「アゲート男爵並びにダンジェ伯爵令嬢──!」
名前を呼ばれる。ひときわ大きな拍手が、わたしたちの入場を促している。
「いくぞ」
「はいっ」
会場の入り口に立つ。正面には、先に入場した方たちの背中があり、その向こうに、玉座に腰掛ける国王陛下と王妃陛下。その左右に第一王子殿下と第二王子殿下がいらっしゃる。
左右からはもちろん、上からも途切れることのない拍手が降ってくる。諸外国からの来賓や、国の重鎮の方々は階上のバルコニー席から会場を見ていらっしゃるそうだ。
こっ、これは……注目を浴びるって……こんな……! 社交界のトップに立ちたいって、みなさんがあれこれ努力されている理由が分かるような気がするわ。
これは……っ、クセになりそう……。