いよいよですわ、お兄様
無事にヴィンス兄様と合流できたわたしたち。ホール前のエントランスでは、2人の王子殿下にご挨拶をさせていただいた。お2人とも、まだ婚約されていらっしゃらないから、「華やかさに欠ける出迎えですまない」と笑っておいでで……返答に困ったわ。
でも、シール兄様とライオット様は、わずかな時ではあっても同級生だったという気安さからか「十分、キラキラしてて眩しいんだけど」「否定も肯定もしづらいコメントをどうも」と肩をすくめていた。どっちも大物ね。ヴィンス兄様なんて真顔で、「では、明日にでもすぐに釣り書きを山と積んで差し上げてほしいと伝えておきましょう」と答えるものだから、王子殿下は顔色を青くして、「冗談だ」と、すぐに白旗をあげて降参を宣言なさった。
国王陛下ご夫妻は、別の場所で主に諸外国からの来賓を出迎えていらっしゃるそうで、お姿を間近で拝見することはかなわなかった。
「ホールへ入ったら、玉座の前までまっすぐ進む。この時、さりげなく左右を確認して、玉座の後ろにあるタペストリーに向かって礼をした後、どちらに曲がるのかを決めておく」
「礼をした後、右か左に曲がって、壁沿いに入口の方へ向かうの。床に立ち位置の目安になるタイルがあるから、それを見て自分の身分にあった場所に立つのよ」
以上、ヴィンス兄様とエル義姉様による、春の舞踏会入場の流れ~一般の出席者編でした。
「ただ、緊張で視界が狭まるようで、玉座の後ろに飾られているタペストリーが目に入らない方も多いと聞いている。特に、メインゲストとして招かれた方々はね」
「そうなのですか? とても大きいと聞いていますが、それでも?」
どれくらい大きいのかは知らないけれど、大きければ目に入りそうなものなのに。わたしが首をかしげると、エル義姉様が笑って
「大きすぎて、目に入らないのよ」
「人と精霊の共存と繁栄を願って、精霊から贈られた物だと聞きましたが……?」
グロリアさんが、それは本当の話なのか、言外にヴィンス兄様へたずねた。兄様は「あくまでもそう言い伝えられているだけだ」と肩をすくめた。
「ただ、あれだけの物を人の手で生み出せるのかどうか……精霊のタペストリーには、いくつものうわさが残っているのも本当の話だ」
「精霊の姿が見える人はほとんどいないけれど、精霊は世界の成り立ちに欠かせない存在であることは確かよ。だから、タペストリーに感謝の気持ちを捧げていたら、幸運に恵まれたとか、逆に悪意を持って接していたら、不幸になったとか。そういう話はたくさんあるの」
「なるほど」
うなずくわたしの隣で「精霊への感謝なんて、直接言った方が早い」だなんて、言わないでくださいます?! シール兄様! 精霊と直接会話ができる人なんて、滅多にいませんッ!
案の定、グロリアさんに脇腹をぎゅっとつねられたみたいで、シール兄様は、
「痛っ?!」と、小さな悲鳴とともに身をよじっていた。自業自得ですね。ライオット様も「余計なことを言うからだ」とあきれ顔。
「さて、私たちはそろそろ入場しておいた方が良いかな? みんな、緊張するのは分かるが、あまり飲みすぎないようにな。喉を湿らせる程度にしておきなさい」
わたしたちの手には、それぞれ飲み物が入ったグラスがある。わたしはレモネード。お酒が飲める大人組はシャンパンだったはず。
「セレモニーだけでも、1時間近くあるのよ。がぶ飲みして、セレモニー中に御不浄へ行きたくなるなんて論外だし、セレモニーが終わったとたん、駆け込むのも優雅さに欠けるわ」
品位を損なわないようにしなさいね、とエル義姉様。見られているようで見られておらず、見られていないようで見られているのが、社交界なのだそうだ。
「では、行ってくる。ちゃんと見ているから、しっかりな」
「はい。転んだりしないように気を付けます」
「ライオット様、スーをよろしくお願いしますね」
「もちろんです」
わたしたちの次は、シール兄様たちへ声をかけ、ヴィンス兄様とエル義姉様は、一足先に会場へ入っていった。
近くを通った給仕役に、シール兄様がメインゲストの入場が始まるまで、どれくらいあるか尋ねると、まだ30分くらいはかかるだろうとのことだった。
「なら、少し歩こうか。リゴレット離宮なんて、めったに入れる場所じゃないんだし、観光客気分で見学するのもいいんじゃないか?」
「良いですね、旦那様。ですが、その前にリハーサルの話ももう一度聞かせてください」
舞踏会のリハーサルは、シール兄様とライオット様だけが参加している。わたしとグロリアさんは、家でお留守番だった。セレモニーの進行は、兄様たちから聞いただけなので、不安なのよ。仮にリハーサルに参加していたとしても、緊張で度忘れしそうな気がするわ。
だから、念には念を入れて、確認しておきたい。こんなにもたくさんの人々がいる前で恥をかきたくないし、兄様たちやライオット様に恥をかかせたくもないもの。
グロリアさんの提案に、2人は快く応じてくれて、もう一度説明をしてくれたのだった。




