あたしはお姫様 8
「っ……な…………」
うまく言葉が出てこない。
なんで、アイツがあそこにいるのよ!? あの、ライオンのイケメン獣人はなんなの?! 悔しくて、憎らしくて……奥歯からはギリギリと歯ぎしりの音が聞こえてくるし、握った拳も爪が食い込んで痛いくらい。それでも、拳を握る力を緩めることができなかった。
出席者からの拍手も、今まで以上に大きい。2人の登場を心から喜んでいるみたいだ。
「あぁ、彼も立派になったものだな」
「えぇ、本当に。我が家に遊びに来ていたころは、シルベスターの友人としてどうなのかしらと眉をひそめたこともありましたが……今となっては恥ずかしいばかりですわね」
お父様とお母様は、喜びの中に少しだけ寂しさをにじませた顔で、感慨深げにつぶやいた。
「まさか、デビュー前のステラ=フロルをパートナーに選んでくれるとは思わなかった。ありがたいことだな。あのドレスもよく似合っている」
「そう……ですわね……」
あの獣人のことは素直に褒められても、ステラ=フロルのこととなると、違うらしい。お母様の声音が、少しこわばっていたことに、あたしは気づいた。
「お父様、お母様、あの獣人の方をご存じなのですか?」
「シルベスターの友人だ。アヴァローでの功績が認められて、男爵位を賜り、アゲート卿と呼ばれる身分になられたんだ。若い騎士たちの間では、英雄と言われているらしいな」
「なっによ……それ……っ……。シルベスターお兄様とお友達だから、ステラ=フロルのエスコートを引き受けたってことですか?!」
もしかしたら、あそこにいるのはあたしだったかも知れないってことでしょう!?
「しっ! 大きな声を出さないでちょうだい」
周りの人たちからジロッと睨まれ、あたしは情けない、みじめな気持ちになりながら押し黙った。お母様が「悔しいわね、カーラちゃん。これも、チェルシーの呪いのせいだわ」
なんて言いながら、あたしの頭を撫でた。
だから、チェルシーって誰よ? 呪い、呪いって……お母様は、その女に呪われるようなことをしたわけ?! あたしの不幸は、とばっちりってこと!?
せっかくの舞踏会なのに、あたしにはパートナーがいないのも? 誰にも注目されてないことも? まるでネズミみたいにこそこそと会場入りしたのも?
ぜ~んぶ、その呪いのせいだって言うの!?
大体、お父様もお父様だわ! 今まで、ステラ=フロルには無関心だったくせに、あの獣人と並んで歩いているのを見たとたん、ドヤ顔をして! 誰も見てないわよ!
一体、どうすればよかったのよ?! シルベスターお兄様が帰っていらしたとき、あたし、ちゃんと挨拶したわ。リチャード殿下たちから、よくお兄様のことを聞かれたもの。帰国したって知ったら、今まで以上に聞かれるだろうから、仲良くしておきたかったのよ。
でも、シルベスターお兄様は、あたしを冷ややかに一瞥しただけで、仲良くしようっていう雰囲気は全くなかったわ。あたしが話しかけてあげても、向こうは全く関心を示さず、会話はちっとも盛り上がらなくて……さっさと家に帰ってしまったのよ!
どうして。なんで。何が悪かったっていうの? いえ、あたしは何も悪くないはずよ。お姫様として、当然のことをしてきただけなんだから。でも、だったら……っ。
ぐるぐると出口の見えない思考にとらわれていると、
「ダンジェ伯爵並びにミス・マレフィセント──!」
は? 今、なんて言った? ミス? ミスって言ったの?
ざわっと嫌な雰囲気で会場が揺れた。この会場に入れる平民は、侍従やメイドだけで、招待客として、ましてメインゲストのパートナーとして入れるはずがないのだ。
異分子の入場に、それまで途切れずに聞こえていた拍手の音がぴたりと止まった。場内はざわざわと落ち着かない。けれど、それはほんのわずかな時間だけ。まばらに拍手が聞こえたかと思うと、瞬く間に爆発的な広がりを見せた。それは、平民の女という、この会場には相応しくないはずの異分子を、会場の全員がこの場にいることを認めたということだ。
今夜の主役の1人は、間違いなくあの女になるだろう。なんて……なんて、腹立たしい! 何より腹立たしく、悔しいのは、その女がシルベスターお兄様のパートナーだということ。
あたしは、お姫様なのに! どうして、あたしを選んでくれなかったの?! 一体、どんな女がシルベスターお兄様をたぶらかしたのかと、会場の中央をにらみつける。
「…………!」
その人は、この中で一番身分が低いはずなのに、俯きもせずに凛と背を伸ばし、シルベスターお兄様の手を取っていた。
美しい人。結い上げたプラチナブロンドの髪には、白い花と貝殻の髪飾り。耳元に揺れる貝殻のイヤリング。長いまつげに縁どられた瞳は、まるで琥珀を削り出したよう。
水面のような光沢をもったドレスは、流れるようなマーメイドライン。優雅な曲線美は、ただただ、ため息がでるばかり。
……その一瞬、あたしは負けたと思ってしまった。