聞いてください、お兄様 3
「ところで、頼んでおいたものは見つかったのかな? グロリアさん、知っているかい?」
形勢不利と見たのか、ヴィンス兄様は話題を変えることにしたようだ。エル義姉様は不満そうではあったけれど、これ以上の追求はしないみたい。
「ええ、存じております」
頷いたグロリアさんは、シール兄様の机の1番上の引き出しを開けて、幾何学模様入りの透明なファイルを取り出した。
「あぁ、そのファイル。とても便利だよね」
ソファーに戻りながら、ヴィンス兄様が笑う。職場でとても重宝しているのだそうだ。前世で使っていたクリアファイルそっくりのそれ。こちらでは、ウイングスファイルと言うのだそうだ。何故に羽? 常々疑問に思っていたので、知っているかと聞いてみたら、
「昆虫型の魔物の羽を使っていますので……」
トンボとか蝶々とかの羽ってこと? 確認したらイエスだった。幾何学模様だと思ったそれは、羽の模様──ナントカ腺と呼ばれていたもののようである。
「一応知らせておきますが、それもシールが特許を持ってます」
「……そうか。まぁ、いい」
ヴィンス兄様夫婦のお顔から、一瞬感情が消えたように見えたのは、わたしの気のせいではないはず。ライオット様のお顔が「すみませんが、色々諦めてください」と言っているわ。
それより、ファイルの中身の方が気になる。挟まれているのは、少し日に焼けて変色した小さな紙が1枚。
「あの、その紙は?」
「これは納付書の控えだ」
わたしの問いかけに答えてくれたのはヴィンス兄様だ。グロリアさんから、ファイルを受け取り、中身を確認している。
「間違いないな。よし。実は、2か月ほど前に学院から私に連絡があったんだ。スーの学費が2年分ほど滞納していると──。父には何度も連絡をしたが一向に納付されないので、私の方に連絡させてもらったと、こう言うんだ」
2年分を1度に入金するのは難しいので、とりあえず、3か月分ほどを慌てて入金したのだそうだ。しかしその後で、おかしいな? と思ったらしい。
「確かツアー中のシールから、スーの学費を全額振り込んでおいたという、手紙を貰ったはずだからだ。それだけでは証拠にならないから、納付書が残っていないか、残っていなければどこから振り込んだのか覚えていないか、問い合わせたというわけだ」
納付書の控えが入ったファイルを、ヴィンス兄様はひらひらと揺らして見せる。
その問い合わせ結果を聞きに来たのが、今日だったそう。
シール兄様がわたしの学費を振り込んで下さった背景には、4年前に起きた、記録的な大雨による土砂災害がある。ホーネスト伯爵領も大きな被害が出て、復興費用にたくさんのお金がかかったのだとか。学院でも、学費の心配をしていた生徒が何人もいた。
「これで事務手続きの不備だと証明されますわね。大ごとになる前で良かったですわ」
ほぅと小さくため息をこぼすエル義姉様。でも、あの……ですね……
「もう隠しごとはしたくありませんので、正直に言いますが、実は──」
小さく手をあげて、わたしは去年、高等部に進学して間もない頃にあった出来事について申告する。
わたしが通う学院は、正式名をセールヴィ学院と言う。過去、何人もの王族が通っていた由緒正しい歴史ある学院だ。今も第3王子殿下が通っていらっしゃる。となれば、学院内の設備が充実したものになるのも、当然の流れとなるのだろう。
その中の1つに、カフェテリアがあった。学院の生徒なら誰でも無料で使うことのできる施設のはずだったのだが──
「カフェテリアの店員に、学費を滞納してタダで授業を受けさせてもらっているような恥知らずに使わせることはできないと言われて、追い払われたのです」
何のことだかさっぱり分からないし、でも、近くに居合わせた生徒にはクスクスと笑われるし。わたしは、恥ずかしさからその場から逃げることしかできなかった。
それ以降、カフェテリアはもちろん、食堂も利用する気になれなくて、家からお弁当を持参するようにしていたのである。このお弁当だって、朝食の半分を詰めた物だ。
「何てことだ……。ああ、そうだ。これも確認しなければ、と思っていたのだが、学院で怪我をしたと聞いたが、謝罪や見舞いはあったのかい?」
「いいえ、何も。わたしは誰からも謝罪を受けておりませんし、お見舞いの言葉もいただいておりません。ただ、自作自演ではないかという噂が流れていることは存じております」
ヴィンス兄様の質問に答えた直後、わたし以外の人たちが固まった。漫画風に表現するなら、ビキッという書き文字が1コマに大きく描かれているのではないだろうか。
どうしよう……。この気まずい雰囲気。どうしたらいいの?
「あったよ、アミュレットのサンプル……って、何かあった?」
シール兄様ぁぁっ! ナイスか、どうかは分かりかねるけど、なかなかのタイミングっ!