あたしはお姫様 7
学院は、相変わらずお葬式のまま。雑談すら許されない、っていう感じ。それでも、1部の生徒たちは少しずつ元に戻りつつあるみたいね。あたしたちを見る目は、ものすっごく感じが悪いけど。見てはいけないものを見てしまった、っていう感じでそそくさと離れていくのよ。そのほとんどが平民の生徒だっていうんだから……ムカつくわよね。
でも、それを指摘したら、差別だ、横暴だ、権力の不正使用だ、なんだと騒ぐので、仕方がないから無視するしかない。あたしがお姫様になったら、絶対に後悔させてやるわ。
ステラ=フロルが学院から出て行って、フランシスまで学院から出て行ってしまった。そのことでも、あたしを見ながらヒソヒソと話をするヤツがいる。感じが悪いったら。
リチャード殿下たちも、全然話しかけて下さらなくなったし、あたしから話しかけようとしても、お付きの人たちが近づくなオーラを出してて、近寄れない。
ほんっとうに、どいつもこいつも……あたしはお姫様なのに、なんなのよ、あの態度!
イライラする毎日を過ごしていても、時間は確実に過ぎていく。
今日は待ちに待った春の舞踏会の日! ……なんだけど、出足からつまずいてるわ。誰も、あたしをエスコートしてくれないのよ! リチャード殿下たちは、相変わらず忙しそうにしてて、あたしには目もくれない。婚約を撤回したフランシスからもなしのつぶて。他の男子生徒も、てんで無視。ちょっと前まで、あんなに付きまとってきてたっていうのに!
しょうがないから、お母様と一緒に、お父様にエスコートしてもらう。
馬車を降りたときから注目の的! って思ってたのに……なによ?! この、人の少なさは! 誰もあたしに注目してないじゃない! 閑散とした離宮の前には、そそくさと足早に会場入りする人たちの背中がぽつぽつとあるだけ。新聞社や雑誌社の記者らしき人影はどこにもなかった。
「キョロキョロするな。すぐに会場へ入るぞ」
お父様に促され、あたしたちも足早に会場へ向かった。雑誌の記事には、デビューを迎えた令嬢令息には、先輩方から暖かい言葉がかけられるって書いてあったのに、その先輩がいないんじゃ、話にならないじゃない! 一体、どうなってるのよ!?
玄関ホールにも、人影はまばらだった。雰囲気からして、招待客ではなさそう。舞踏会を仕切る侍従や給仕たちみたいだ。その顔に緊張感はなく、一仕事終わったっていう雰囲気で、ホールにいる人たちには、まったくといっていいほど気を配っている様子がなかった。あたしたちに気づく人もいたけど、振る舞いを取り繕う様子もない。
なんて失礼な! と思っても、お父様たちは連中には目もくれず、急ぎ足でホールを進み、大階段を上っていく。優雅さのかけらもないったら。まるで、時間に追われてせかせかと働く平民のようだわ。なんてみっともないの。
2階のフロアには、招待客らしい人たちの姿がたくさんあった。みんな、微笑みを浮かべて楽しそうにしている。ああ、夢にまで見た世界はここにあったんだわと、うっとり見惚れる間もなく、お父様はホールの入り口に立つ侍従の元へ急ぐ。
あたし、今までお父様は伯爵家の当主にふさわしい、下町の言葉で言うならイケオジってやつだと思ってた。でも、その評価も今じゃ大暴落よ。
ちょっと前まで、あんなに素敵に見えてたのに、今は小者感たっぷりのさえない中年にしか見えなくなってる。なんでかしら? 人間ってこんなに変わるものなの?
入り口に立っている侍従は、手元のノートみたいなものをチェックしては、
「サー・ピークマン並びにピークマン夫人──!」と大きな声を張り上げている。
名前を呼ばれた人は、誇らしげな顔でお互いに目配せをし、堂々とした足取りで会場の中へ入っていく。わずかな間をおいて、会場の中から割れんばかりの拍手が聞こえた。
「うそ……。もう、始まってるの?!」
「そうよ。カーラちゃん、急ぎますよ」
お父様は無言で入場者の名を告げていた侍従に近づき、懐から招待状を取り出した。侍従は招待状を受け取り、横柄にうなずくと、ホールの様子を確認し、手振りだけで入場を促す。
お父様もお母様も、侍従の態度に機嫌を損ねる様子も見せず、入り口で玉座に向かい一礼をした後、すぐに右へ進んだ。
はあ? なんなの?! 玉座の前まで進んで、玉座に向かって、一礼をするんじゃなかったの? 一礼をして、左右どちらかに曲がって壁沿いに、入り口の方へ進み、自分の身分にふさわしい場所で待機するって聞いていたのに……なんでこんな、こそこそしなきゃならないの!? 誰もあたしを見てないじゃない! どうして、もっと早く出発しなかったの?!
会場入りが遅かったから、ポジショニングも最悪。名前を呼ばれて会場へ入って来る人たちの姿も、人と人との隙間から、ちょっと見えるだけ。拍手をするのもばからしいわ。
「アゲート男爵並びにダンジェ伯爵令嬢──!」
場内が、わっと盛り上がる。ひときわ大きな拍手が鳴り響いた。
「ちょ……っと、なんで?! ダンジェ伯爵令嬢って……ステラ=フロルのことでしょ?! なんで、ステラ=フロルがあそこにいるのよ!?」
人の隙間から見えたのは、キラキラと照明以上の輝きを放つドレスを着て、背の高いライオンの獣人にエスコートされて、幸せそうに笑っているステラ=フロルの姿だった。