あたしはお姫様 6
「……なによ、それ……。つまり、あたしにはなんの魅力もないって言いたいわけ?」
「は? あぁ、いえ。そうではなく、カサンドラお嬢様とサンドロック伯爵子息との相性が良くない、ということが1番の理由かと……」
にらんだ執事の目は完全に泳いでいたし、滝のように冷や汗をかいている。って言うか、
「なんでステラ=フロルが、シルベスターお兄様の養女になんてなるのよ!?」
「この家には置いておけないと……先日、あちらの家の方が、ステラ=フロルお嬢様の荷物を運び出してゆかれました……」
道理で、最近ステラ=フロルの姿を見ないと思ったわ。てっきり、まだ怪我が治ってなくて、部屋にこもっているものとばかり……。いつの間に、家を出たのよ!?
悔しくてたまらなくて、奥歯を噛みしめていたら「それだけじゃないのよ」とお母様がスンスンと鼻をすすり、しゃっくりをあげる。
どういうことかと目をすがめれば、あのいけ好かないヴィンセントの名前が出てきた。
「……なんで、その人の名前が出てくるのですか?」
「なんでだと?! お前は、兄の名前も知らんのか!? お前には、2人の兄と1人の姉がいたんだ──! ヴィンセント・ヤーン・ホーネスト! シルベスター・ヴァレンタイン・ホーネスト! ステラ=フロル・エデア・ホーネストだ!」
「は? え? お、お兄様? あいつが……?」
「まあっ! なんて……っ、お兄様に向かってなんて言葉を使うの?!」
お母様からお叱りの言葉が飛んできたけど、あたしは、それどころじゃなかった。あのいけ好かない男が、お兄さま? だったら、あのエイプリルとかいうデブは、義理の──?
「ヴィンセントが、将来的にお前の面倒はみないと言ってきた。シルベスターもだ。お前は、社交界で使えるカードを1枚も持たない状態でデビューすることになるっ!」
「は!? そっ、そんな……! どうしてですか?! お父様やお母様は!?」
「わたくしたちだって同じよ。社交界で使えるカードはもう……1枚も残っていないわ」
学院は、卒業生への横暴な要求を新聞社にすっぱ抜かれ、その名前に大きな傷をつけた。もはや、学院を卒業したところで何のステータスにもならないとお父様は言う。
「学院に通う生徒へのいじめ。これは、ステラ=フロルのことだな? 他にもいじめられている生徒はいるらしいが……ステラ=フロルに限っていえば、要因はお前にあるそうじゃないか。聞けば、我が家でも同じようなことをしていたらしいな。まったく……姉をいじめて、何が楽しいんだ? 嘆かわしい」
「………………っ!」
何よ、何よ、何よっ! 今まで、なんにも言わなかったくせに! 今さら……っ!
「どこからも、我が家へ抗議は来ていないけれど……どう思っていらっしゃるか、簡単に想像できるでしょう? もちろん、王家も含めて──」
「は~っ……。何もかも気が重いな。だが、逃げることもできん。ところで、春の舞踏会だが──カサンドラ、お前はどうする?」
「どうするって……どういう意味ですか……」
流行りの工房で作ってもらったドレスは、おとつい届いたばかり。あたしが好きなバラの模様を白い糸で刺繍してもらった。本当はもっとボリュームのあるスカートにしたかったけど、デビュタントは地味にするものだって言われたから、我慢したけど……。
「出席を見送るか? という意味だ。シルベスターの晴れの席だ。私たちは参加するが、一通りのセレモニーが終われば、すぐに帰るぞ。社交なんてできる環境じゃないからな」
「そういう訳だから、カーラちゃんは出席しなくてもいいのよ?」
ぐずぐずと鼻をすすりながら、お母様が言う。でも、冗談じゃないわ。
「いいえ、行きます!」
やっと舞踏会に出席できる年になったのよ! 出席しないなんて、ありえないわ!
「でも、学院のお友達は出席を見合わせる方が多いのではなくて?」
「知らないわ。今年は誰も舞踏会の話をしないもの」
毎年、今ぐらいの時期になると、学院では舞踏会の話題でもちきりだった。
今年のドレスの流行は? 仮デビューする、あるいは、今年デビューする子息や令嬢の話。自分たちが仮デビューするときを想像しては、はしゃいだわ。どんなドレスを着たいのか。どんな人にエスコートされたいとか、そんなことばかり話してた。
でも……今年はどう? お母様に言った通り、誰も舞踏会の話題を口にしない。それどころか、笑うことも忘れてしまったみたいで……今の学院は、毎日お葬式をしてるみたいよ。辛気臭いったら、ありゃしない。
それもこれも、学院のスキャンダルのせい。
この間、講堂で集会があったわ。学院長からスキャンダルについての説明とお詫び。それから、今後の学院についての話があった。難しくて、話の内容は覚えてないけど。
その後、リチャード殿下からも、反省と謝罪の言葉があった。殿下の側付き候補の方々も、そろって頭を下げ、殿下ともども信頼の回復につとめたいとか何とか……。
まったく! なんでこんなことになってるのよっ! 何もかもが腹立たしいったら!