あたしはお姫様 3
ポラーレのご夫婦があたしを引き取ったのは、働き者だと思ったから。そうじゃないってバレたら、面倒なことになりそうだったから、そりゃあ頑張ったわよ。我慢して、我慢して、我慢して……言われたことは、はい、はい、はい。ほんっとうに、大変だったわ。
でも、ちょっとだけ考え直したの。
ご夫婦は、あたしをこき使ったけれど、働いた分のご褒美はくれた。お姫様に贈るには、安物ばっかりだったけど、それはしょうがないわよね。平民なんだもの。
ご夫婦がくれたご褒美の中には、本もあったわ。物語に出てくるお姫様は、ときどき、あたしみたいに辛い目にあっている。それでも、めげずに働いて、たくさん勉強をしていたわ。
そうよ、そういうことなのよ。あたしがこんな目にあっている理由が、分かった瞬間だった。
これは、試練だったの。あたしが、いつか素敵な王子様に出会うための試練なのよ。
物語の王子様は、優しくて頭がよくて、いつもニコニコ笑ってる、働き者のお姫様を好きになってた。あたしも、物語のお姫様みたいにならなくちゃ。今のあたしじゃ、お姫様レベルが低すぎる。迎えに来てもらえなかったのは、そのせいよ。
いつか出会う王子様のために、あたしは働き者でいなくちゃいけない。ただ、働いていればいいってわけでもないわ。笑顔で働かなくちゃいけないの。これは、重要なポイントね。
それから、いっぱい勉強もしなくちゃ。王子様は、外国の人ともお話するんだから、外国の言葉も話せなくちゃ、頭のいいお姫様とは言えないわ。
ご夫婦は、外国語が話せることはいいことだって、先生をつけてくれた。勉強は嫌いだけど、お姫様には必要なことだからって、頑張ったのよ。
もちろん、その努力は報われたわ!
宿屋の娘になって、もうすぐ3年が経とうとしてた時、とうとう見つけたのよ。黄色のお守りに浮かぶ模様と同じ模様をつけた馬車を!
「あなた、我が家の馬車に何か?」
「あ、その……あたしのお守りと同じ模様だって思って……」
話しかけてきたご婦人に、お守りを見せながら言うと、
「まあ、まあっ、まあっ! 何てこと……! あぁ、神様感謝します……!」
ご婦人は突然泣き出して、あたしを抱きしめた。
訳が分からないけど、これは、もしかして……。ひとしきり泣いて落ち着きを取り戻したご婦人は、ごめんなさいねとにじむ涙をぬぐいながら微笑み、あたしの名前を聞いてきた。
「カサンドラ・リュクス・ポラーレです」
「ポラーレ……この宿の主人の名前ね。こんなことを聞いてごめんなさいね。ポラーレ夫妻は、あなたの本当のご両親かしら?」
「いいえ。あたしは、養女です。この家の娘になって、もうすぐ3年になります」
「やっぱり! いい? あなたの本当の名前は、ステラ=フロル・エデア・ホーネスト。ホーネスト伯爵家の長女にして、わたくしの娘よ」
伯爵家の娘? お姫様じゃないの? あぁ、でも伯爵って貴族の中でも上のほうで──
「あの、伯爵夫人? 伯爵家の娘はお姫様になれますか?」
「伯爵夫人だなんて、よそよそしい呼び方はやめてちょうだい。お母様と呼んでほしいわ。ええ、ええ。なれますとも。身分も年齢も釣り合う王子様がいらっしゃいますからね。あなたがきちんと学び、たくさんの方に認められたなら、きっと──」
それからは、とんとん拍子にことが運んだわ。伯爵夫人──いいえ、お母様がご夫婦に話をしてくれて、あたしはカサンドラ・リュクス・ポラーレから、カサンドラ・リュクス・ホーネストになったの!
見ていなさい、ロータス! あたしは、お姫様になるんだから!!
宿で見たのと同じ馬車に揺られ、あたしはお母様とこれから住む家に向かう。馬車の窓から眺める外の景色は、何となく見覚えのあるものだった。そのことをお母様に言ったら、
「小さいころは、あなたが暮らしていたところよ? 見覚えがあっても不思議じゃないわ」
それもそうか。お母様は「そんな小さいころのことを覚えているなんて、あなたは頭の良い子なのね」と目を細めて笑ってくれた。
到着した家は、家じゃなかった。お屋敷だったの。お母様は「タウンハウスだから、少し手狭で──」なんて言っていたけど……これのどこが手狭だっていうの!? 孤児院よりも大きいわよ?! は? これ、廊下なの!? あたしが寝起きしてた部屋より広いんだけど?!
案内されたどの部屋も、広くて、それでいていろんな物がたくさん置かれていて。でも、ごちゃごちゃした雰囲気はなくて。洗練された? 豪華な? とにかく、相応しい言葉が見つからない。どの部屋も、同じ家にあるとは思えないくらい、雰囲気ががらりと変わるの。
「いやあね、カーラちゃん。これくらい、普通よ、普通」
お母様は、ころころと楽しそうに笑う。
お貴族サマは、流行に合わせて、気分を変えたくて。いろんな理由から、わりと簡単に、部屋の模様替えをしてしまう。壁紙だけ変えたり、インテリアや小物を変えたり。そうやって、屋敷の価値を高めていくのだそうだ。……あたしには、よく分からない世界ね。
でも、あたしはお姫様になるんだもの。まだまだ、これからよ!