あたしはお姫様
小さいころ、あたしはお姫様だった。
みんなが、あたしをかわいい、かわいいって褒めてくれた。
あたしはお姫様だったから、なんだって「ほしいな」「ちょうだい」っておねだりすれば、みんなが「どうぞ」ってすぐにプレゼントしてくれたのよ。
でも、あたしがお姫様でいられたのは、ちょっとの間だけ。
あたしは、すぐに分かったの。分かってしまったのよ。
外には、あたしの家にある物よりもすてきなものがたくさんあったの。家や馬車、馬。メイドだって、うちのサシェよりも、よその家のメイドのほうがすてきだったわ。
「カサンドラお嬢様! 家の外で、ほしいな、ちょうだいな、はやめて下さい」
「お嬢様! 自分はお姫様だなんて、言いふらさないで下さい。お嬢様は、旦那様方のお姫様であって、王族の血を引いているわけではないのですよ!?」
お嬢様、お嬢様、お嬢様! やめて。しないで。違います。
うるさい、ウルサイ、うるっさいのよ!! あたしは、お姫様よ! お姫様なの! ──お姫様だって思ってた……。でも、あたしは見てしまったの。
大きな家から出てきた、その家族。世界一すてきだって思ってたパパとママより、ずっとすてきだった。パパみたいにムキムキでも、ママみたいにムチムチでもなかったの。
それに、一緒に出てきた女の子。あたしのほうが何倍もかわいいのに、その子はフリルとレースがたくさんついた、ピンクのドレスを着てたの。あたしのお花のドレスよりも、何倍もすてきなドレス……。
それを見たとたん、あたしは本当にお姫様なの? って思っちゃった……。
「だめよ、だめ。ないちゃだめ。あたしは、おひめさまなんだから」
そうよ。あたしは、お姫様なのよ。こんなところは、あたしのいるところじゃないわ。
あたしの、お姫様のあたしの本当のおうちは、別のところにあるはずよ!
あたしってば、小さいころから行動派だったのよね。今でもはっきり覚えているわ。本当のパパとママが心配してるに決まってるから、お姫様のあたしがいなくて、見つからなくて、毎日泣いて暮らしてるはずだから、あたしからおうちに帰ってあげなきゃって思ったの。
お兄さんにもらった、この黄色いお守りが、あたしを本当のパパとママのところに連れていってくれる……って思って、家を出たんだけど……
「…………お前、バカだろ」
「ばかじゃない! あんた、おひめさまのあたしにばかなんて、いっちゃだめでしょ!」
「なに、言ってんだ。お前みたいなのが、お姫様のわけねえだろ。お前は、ただの迷子だ」
本当のおうちとパパ・ママを探すために家を出たあたしの計画は、1日もたたないうちにダメになった。こいつの言う通り、迷子扱いされて、孤児院に連れてこられたからだ。計画失敗。一度、中止にして、家に帰ろうと思ったんだけど……家の場所を覚えてなかったのよ。
「ちがうもんっ! ほんとうのパパとママがちゃんとむかえにきてくれるもん!」
孤児院に入れられて、最初に話しかけてきたのが、このムカつく獣人男、ロータスだった。
1年が経ち、2年が経っても、誰もあたしを迎えに来てくれなかった。それ見たことかと、ロータスは呆れてたけど、あたしはずっと、自分はお姫様なんだって信じてた。
「ハイハイ。分かったから、さっさと洗濯物取り込めよ」
「信じてないでしょ!? ちゃんと、証拠のお守りだってあるのに!」
「あたりまえだろ。そんなガラスみてえな安っぽいお守りを姫様が持ってるわけねえし」
「安……な、なんてシツレイな男なの?! そんなこと言ってると、本当のパパたちが迎えに来てくれたとき、あたしの家来にはしてあげないわよ、ロータス! 獣人のあんたにしてみれば、大出世なのに……。フフン。大きくなって悔しがったって、遅いんだからッ」
「はぁ? なに言ってんだ? 意味わかんねえし」
「フンッ、だ。とぼけたってムダよ。あんた、先生たちに隠れて、毎日こそこそと棒っきれを振り回してるじゃない。あれって、剣のしゅぎょーのつもりなんでしょ? あんた、騎士になりたくて、あんなことしてるんでしょ?」
「………っち。先生たちには言うなよ。傭兵になりたいなんて言ったら、危ないだの、リスクが高すぎるだの、獣人だからって過信するなとか、絶対に説教されるに決まってる」
「はぁ? あんた、あの、毎日お酒ばっかり飲んでる、ろくでなしになりたいっていうの?!」
あんなの、人間のクズじゃない。あんなのになりたいだなんて、信じられない。
「ばッ……ばっか! 違ぇよ! あのオッサンたちも傭兵だけど、おれのなりたい傭兵は、あんなんじゃねえよ! おれは、レオン・バッハに入って世界中を旅して回るんだよ!」
なにそれって思ったけど、それは言わないことにした。だって、ロータスって怒ったら、しばらく口をきいてくれなくなるんだもの。それだけは、避けたかった。
ほかの子は、あたしと話したがらない。ほら吹きカーラって、あたしの悪口を言ってるのも知ってるんだから。あいつら、ロータスがあたしにかまうのも気に入らないみたい。
「なによ、それ。旅行がしたいなら、お姫様のあたしがいくらでも連れていってあげるわ」
「お前、おれの話聞いてねえだろ。おれは、レオン・バッハに入って、冒険がしたいんだよ! だいたい、お前はお姫様じゃねえだろ。もうガキじゃねえんだし、現実を見ろよ」




