まいりましょう、お兄様 4
カサンドラは、何でも自分が中心にいないと気が済まない性格をしている。口癖は「あたしはお姫様なのよ」という……あなた、おいくつ? と言いたくなるようなもの。よく言えば向上心が強く、悪く言えば野心家。裏表が激しく、自分を磨いてステップアップするのではなくて、人を蹴落として上がっていくタイプだと思う。
わたしは、その蹴落とす相手として選ばれたのだ。とはいえ、彼女とは離れたのだから、もう関係ないと思いたいのだけれども──
「そう甘くはないわよ。ああいうタイプは、ずっと目の敵にしてくるの。隙あらば、すぐにでも噛みついてくるわ。平穏なのは、女学院に通っている間くらいかしら?」
「えぇっ?! そんな……」
わたしとしてはもう関わり合いたくないのに、エル義姉様のおっしゃりようだと、向こうから関わろうとしてくるみたいだ。なんで嫌っている人間に近づいてくるのよ?
「マウントポジションを取りたいからですよ。常に貴方より上にいて、貴方を見下して笑いたいのです。自分の下に人がいて、ようやく安心できるタイプなんでしょう」
う~わ~そんなのに目を付けられたなんて……悲惨……。
「──と言っても、このままなら嫁ぎ先には苦労するでしょうね。その内、社交界からは遠ざけられていくでしょうから、しばらくの我慢よ」
「我慢……できるでしょうか?」
できるできない、というよりも、我慢したくないというのが、わたしの本音だ。なんで我慢しなくちゃいけないのという気持ちが顔に出ていたのか、エル義姉様は微笑み、
「女学院で良いお友達をたくさん作って、彼女たちに助けてもらえばいいのよ」
「あの、エイプリル様? 聞いたところによると、社交界では親子姉妹であっても、蹴落とすべきライバルになるとか……」
「そうね。要は嫉妬よ、嫉妬。嫁ぎ先の家格や、自分よりも良い暮らしをしている、自分よりも注目されている──人間ですもの、そういう嫉妬はどこからでも生まれるものよ。だからこそ、お付き合いする人は選びなさいね、ということになるの」
なるほど。つまり、わたしを助けてくれる友達を見つけて、アオハルを満喫せよ、ということですね。わたし、がんばります! よしっと気合を入れたところで、馬車が止まった。
春の舞踏会の会場になるのは、お城の敷地内にあるリゴレット離宮。馬車が止まると、外の音が良く聞こえてくる。たくさんの人のざわめきと笑い声や話し声。
いよいよ、舞踏会なのねとほうっと息をつけば、馬車の扉が開いた。
「着きましたよ、レディー」
そう言って、微笑んでいるのはシール兄様。まずはグロリアさんが下りて、続いてわたし。手を貸してくださったのは、ライオット様だった。最後にエル義姉様が下りて、馬車は慌ただしく走り去っていく。
地面は石畳ではなくて、レッドカーペット。時代がかった、膝丈のズボンに白いタイツを履いた侍従たちが忙しく馬車をさばいている間を縫うように、正装した男性が、ペンとメモを手に歩き回っている。このペンを持っている人たちは、取材に訪れた新聞や雑誌の記者たちなのだとか。
リゴレット離宮の前に、初めて立つ。建築に詳しい人なら、何とか様式の柱がうんたらかんたらって説明できるのだろうけど、わたしには無理。目についたものをストレートに言うと、離宮へ続く大階段には、6つのレッドカーペットが敷かれている。その先にはアーチ形の入り口があり、両サイドには大きな彫刻とたくさんの花飾り。
離宮には次から次へと招待客が到着していて、見知った顔を見つけると、挨拶をしているみたい。中には、メモを持つ人たちとも親し気に話をしていらっしゃる方も──と思ったら、エル義姉様も何人か、知った顔を見つけたようで、挨拶をしていらした。
「雑誌や新聞の記者ともある程度懇意にしておいたほうが、社交界では有利なの」
マスコミの力は大きいですものねぇ。こそっと教えてくださいましたが、エル義姉様……わたしには、使えないような気がします。
離宮へ続く大階段は、ゆっくりとあがる。普通にあがるのは、マイナス。社交界は、見られてナンボの世界。だから、ファッションショーのランウエーを歩くモデルのような気分で、優雅に歩く。たとえ、実際は見られていないとしても、一瞬の気のゆるみが嘲笑の的になりかねないので、気を抜いてはいけないそうだ。
大階段をあがり、アーチをくぐれば、歩廊になっていて、ここも花がふんだんに飾られていた。赤やピンク系の色が多いわ。名前が分かるのはバラやユリ、ガーベラ、カスミソウくらい。他にも丸い形の花やラッパ型の小さな花がたくさんついたものとかあるのだけど。
歩廊を奥に進み、いよいよ離宮の中へ。玄関ホールはたくさんの人でにぎわっている。時々、強い香水の匂いがして顔をしかめたくなるのは、ご愛敬っていうものかしら。
「ヴィンス様は、大階段の方で待っていて下さっているはずだから、そちらへ行きましょう」
エル義姉様に促され、奥へ続く扉の前にいる侍従へ招待状を渡す。侍従の彼は、わたしの白い衣装を見て「おめでとうございます。ようこそ社交界へ」と笑ってくれた。
今日が、わたしの社交はじめ。色々と言われたけれど、1人じゃないもの、大丈夫!
予告とかはしない方がいいような気がしているものの……次回からしばらく、カサンドラ視点になります。シルベスター視点ならともかく、この子視点だとワンクッションおいておいた方が良いかなと思ったので。




