まいりましょう、お兄様 3
ガラガラ、カラカラ。カツカツ、カツカツ。
石畳の道を馬車が軽快に走っていく。窓の外は、だいぶ薄暗くなってきた。だんだんと日が長くなってきたので、夏が近づいてきたことを実感していると、
「グロリアさん。今から少し嫌なことを言わせてもらうわ」
「何でしょう?」
「あなたも予想はしていると思うけれど、あなたの身分を知ったら、シルベスター様へ貴族令嬢を紹介したがる人が出てくるでしょう」
エル義姉様は言いにくそうにしているけれど、おっしゃっていることは、突拍子のないことでも何でもない。普通にありうる……いえ、絶対にあることだと思う。
「あぁ、それはもちろん。予想の範囲内ですから、ご心配には及びません。旦那様は、パートナーに留守番をさせるような薄情な方ではありませんから」
んむ? それと、心配には及ばないがどうつながるのかしら?
「旦那様について行ける女は、世界広しといえども私くらいのものです。旦那様のパートナーの座、奪えるものなら奪ってみせていただきたい」
「すごいわ。グロリアさん──!」
拍手! かっこいい。わたしもこんな風に言える女になりたいわ。愛し愛されている自信あってこその発言よね。
「なんて頼もしいの。そうよ、女は愛されてこそ、輝きを増すものなのよ! 私もヴィンス様とお付き合いするようになってから、前よりも自分に自信が持てるようになったわ」
エル義姉様は、女官としての自分に自信はあったけれど、女としての魅力となると、少し自信がなかったのですって。でも、ヴィンス兄様から「好きだ」と言われてからは、女としての自信もつけることができたのだそうだ。
「私としては、ステラさんのことの方がずっと心配です」
「え? わたし、ですか?」なぜ? きょとんとしていると、
「あの子のことね」
「ええ、そうです。カサンドラと言いましたか? セールヴィのほとんどの学生が出席を自粛する中で、彼女は出席するようですよ? スキャンダルの渦中にありますのに……」
グロリアさんが飲み込んだ言葉は「信じられない」とか「ありえない」のどちらかだと思う。今、話を聞いたわたしだって「うそでしょ?!」って、声に出しかけたくらい、衝撃的。
セールヴィのスキャンダルは、庶民や下級貴族の卒業生へのパワハラによる不正な取引を持ち掛けていたこと。学内でのイジメ。一部生徒へは、学院ぐるみでイジメを行っていたという、教育施設としてあるまじき行為。事務手続きの不正行為などもあげられている。
公に報道はされていないけど、被害者の1人がわたしであることは貴族の間では知られているため、わたしに対して後ろめたいことがあるセールヴィ生は、第三王子殿下を含め、今年の舞踏会への出席は自粛するそうだ。なのに──
「何をお考えなのかしらね? まったく、信じられないわ。でも、出席するとなったら、あの子のことですもの。あなたとの扱いの差が気に入らないと言って、大騒ぎするでしょう」
エル義姉様の予想だと、ホーネストの両親は形だけの出席になるだろうとのこと。当然、カサンドラも出席するだけで、社交は何もできない。
「その一方で、ステラさんはメインゲストのパートナーとして、堂々と会場へ入るし、セレモニーでダンスを踊りますからねえ。これほど華々しいデビューもないでしょう」
「…………怒るでしょうねえ……」
ついつい、ため息がこぼれてしまう。まだ、正式にはデビューしていないのに、舞台でセリフのある名前付きの役をもらって、スポットライトを浴びるようなものだもの。それが、自分だったならともかく、イジメていた相手となると……面白くないに決まっているわ。
しかも、自分はアンサンブルなんだもの。そりゃあ、あの性格なら怒るか……。
キーキーと怒鳴り込んでくる様子が簡単に想像できて、つい遠い目をしてしまう。
普通の神経をしていたら、内心はどんなに怒っていたとしても、春の舞踏会っていう国家行事でそんな騒ぎを起こしたりはしない。でもねえ、あの子のことだから、そんなこと関係ないとばかりに、キーキーと騒ぎ立てそうな気がする。
「ドレスのグレードだってあることだし……あの子があなたに突っかかってくる要因は、いくつもあるわ。気を付けなくてはね」
「ですが、エル義姉様? 広い会場ですから、中で顔を合わせることになるかどうか──」
「甘いわ!」
「甘いですよ」
エル義姉様とグロリアさん、2人の声がぴったり重なった。
「ほぼ間違いなく顔を合わせることになるわ。ああいう人に限って、人を見つけるのが上手なのよ。ほんっと、いい迷惑だわ。何が迷惑かって、自分の行いを棚に上げて、何もかも人のせいにするところが迷惑なのよ」
「そういう訳ですから、ステラさん。絶対に1人にはならないでくださいね。貴方の言い分は、聞きそうにありませんから、対応はまわりの人間に任せるようにしてください」
大人の言うことは、素直に聞き入れることが吉だと判断して、わたしはうなずき返した。