まいりましょう、お兄様 2
「あらあら。あなた方は本当に仲が良いのね」
「新婚のようなものですから」
エル義姉様のからかいも、シール兄様はさらりと笑って受け流す。
「では、わたしは新婚家庭のお邪魔虫にならないようにしなくちゃいけませんね」
「エイプリル様、ステラさん!」
顔を赤くしたグロリアさん、かわいいわ~。耳まで真っ赤になって。わたしとエル義姉様のニヤニヤが止まらない。
「旦那様、奥様。アゲート様がお見えになられたようですが?」
ぴくぴくと両耳を動かしながら、レベッカが視線を部屋の外へ向けている。わたしには、何にも分からないけれど、獣人のレベッカには分かるみたい。
「では、出かけるとしようか」
シール兄様に促され、わたしたちは玄関ホールへ向かった。
先頭を歩くのはシール兄様とグロリアさん。その後ろをエル義姉様が歩き、わたしは最後尾。ライオット様を待たせているのに、3人とも優雅といえば聞こえはいいものの、のんびりとした足取りで階段を下りていく。でも、わたしにはその優雅さがもどかしい。
はしたないと言われようが、今すぐスカートを持ち上げて、ダッシュしたい。
すぐ、ライオット様にお逢いしたいし、早く、馬車に乗りたい。舞踏会の会場に行きたい。
「なかなかの男ぶりじゃないか、ライ」
「ドーモ」
玄関ホールに立っていたライオット様は、早くもお疲れ気味。
「朝から、クッキーとサバランの着せ替え人形にされたんだよ」
分からないからと2人に丸投げした結果がこれだと、ライオット様はうんざり顔だ。
でも、でもね……! ギャーッ! って叫びたくなるくらい。
わたしが小さな子供だったら、地団駄を踏んでいたに違いないくらい、かっっこいいの! 凛々しいのよ!
前世では男性の夜の装いといえば、黒のテールコート、燕尾服だけども、こちらはそうでもないの。女性のドレスが華やかなように、男性の装いも華やかよ。
ジャケットもカラフルだし、刺繍や紐飾りなどもふんだんに使われている。首回りも、ホワイトタイよりスカーフが主流。結んだだけの方もいらっしゃれば、ブローチでとめていらっしゃる方もいる。肩章ビラビラ~で、マントひらひら~という方もいらっしゃるのだ。
ライオット様は、襟や袖に金糸の刺繍がある、葡萄色のジャケットをお召しになっていた。紅椿色の短冊形の肩章がついていて、そこから胸元へ紐飾りが伸びている。
シール兄様がお月さまなら、ライオット様はお日さまです。2人並んで立つ姿は、至福の一言につきるわ。
エル義姉様へ、挨拶をしているライオット様にうっとり見惚れていると、目が合った。彼はきらきらと子供のように目を輝かせて、わたしの前に立ち──
「美人にしてもらったな、ステラ!」
「ひょわぁっ?!」
両脇に手を入れ、ひょいと持ち上げた! そのまま、くるりくるりと回転させられ──
「何をやっているんですか、貴方はっ!」
「ぐふぁぉっ?!」
グロリアさんの拳が、ライオット様の脇腹に沈む。──けど、持ち上げられているわたしは、いたって安全。落ちる?! なんて思う暇すらなかった。
「っっぶねーだろ!? ステラを落っことしたらどうすんだよ?!」
わたしをおろしてから、グロリアさんに抗議するライオット様だけど、
「落とさないでしょう。貴方は」
「ぬぁっ……」
グロリアさんの何をバカなことをと言わんばかりの冷ややかな視線に、ライオット様は敗北。シール兄様なんて「本当に、2人は仲が良いな」とニコニコしている。……そういうことではないような気がしますけど? エル義姉様は「まあ」と驚いたままである。
「グロリアさんは、口より先に手が出るタイプなのですね……」
「あぁ、すみません。どうしても育ちが悪いもので、つい……」
ほほほ、と笑ってごまかされたような気がしないでもない。ライオット様は「育ちが悪いとかそういう問題じゃねえだろ」と小声でぶつぶつ。
「普段と違う格好をしてはしゃぎたい気持ちは分かるけど、そろそろ出発しないと──」
パンパンと手を打って、シール兄様がお開きの合図を出した。
ダンジェ伯爵家から出る馬車は2台。1台は、ライオット様が乗って来た物で、こちらにはシール兄様とライオット様が乗る。もう1台のダンジェ伯爵家の馬車には、わたしとグロリアさん、エル義姉様の3人で乗ることになった。
こういう場合、パートナー同士で乗るのが普通だけど、エル義姉様の本当のパートナーはヴィンス兄様なので、組み合わせを変更したのである。