聞いてください、お兄様 2
「失礼ですが、そのカサンドラという少女を責められない、理由をお聞かせ願えますか?」
問いかけを口にしたのは、部屋に戻ってきたグロリアさんだった。
「スーへの嫌がらせやそれを扇動するような振る舞いはもちろん、社交の場でも伯爵家の名に泥を塗るような行為をいくつか。それは責められるべきだ。しかし、我が家へ養女としてやってきたこと自体は、彼女を責めるべきではないだろう」
「9年前と言えば、まだ子供ですものねえ」
「あ~。6つか7つのガキだもんな。伯爵夫人の話を疑え、って言うのも無理があるよな」
2歳の子供が大人を騙して、伯爵家に入り込むという話も無理があるけどな、とライオット様。逆にそれが本当だとしたら、2歳児に騙された大人という、かなり情けない話になってしまう。
「それから、アミュレットの話も不自然だ。宝石のようなアミュレットが出回りだしたのは、つい最近のことじゃなかったか?」
「10年くらい前ですね。僕がグランドツアーの資金稼ぎに、レシピを売り出してからのことです。2~3年はかかると思っていたのに、半年ほどで目標額に達しました」
だから、学院在学中に、グランドツアーへ出ることができたのだと、兄様は言う。
「は? え? シール兄様が?」
わたしが目をまん丸くすれば、側でヴィンス兄様も
「聞いていないぞ!?」
目をまん丸にして、驚いていた。そんなわたしたちの反応を前にしても、シール兄様は
「あれ? 言っていませんでしたっけ?」
軽く眉を持ち上げただけだった。
「お前のそういうとこ、腹立つんだよな」
「本当に」
ライオット様とグロリアさんは、しみじみとした顔で頷いていらっしゃった。
「まあ、今更だし、いいでしょう。それより、試作品のアミュレットが怪しいな……」
多分、あのあたりに置いてあると思うんだけど。独り言をつぶやくシール兄様は、全く悪びれていない。しばらく考え込んだ後、兄様はソファーを立ち、デスクの向こう側へ回り込んだ。そして、1番下の深い引き出しを開けると、
「では、ちょっと探しに行ってきます」
は? 何を言っているの、この人。引き出しを開けたって、どこにも行けない……って、うそぉ?! 何か消えた?! えぇ!? ちょ……ド、ドラ〇もん~?!
「まぁ!? シルベスター様が消えてしまわれましたわ?! 一体、どうなっていますの!?」
これは、法術ですの? とエル義姉様。答えてくれたのは、グロリアさんで、ちょいちょいとわたしたちをデスクの方へと手招きしてくれる。
「エイプリル様のおっしゃる通り、これは法術です」
開いたままの引き出しを覗き込めば、何と階段があった。奥は暗くなっていて、どこに続いているのか、さっぱり分からない。まるで、洞窟への入り口みたいにも見える。
「シールの野郎、自分の研究室とそこの引き出しとを法術で繋げやがりましてね。まさか、こんなところに出入り口があるとは思わねえだろって……いや、全くその通りで……」
グロリアさんの言葉を引き継ぐような形でライオット様が説明を続けた。さらに、
「誰が開けても研究室に繋がる訳ではなくて──」
言葉を途中で切ったグロリアさんが、いったん引き出しを閉めた。そして再び開けると、
「普通の引き出しだな。……しかし、もうちょっと片付けたらどうだ?」
クッキー、マドレーヌ、パウンドケーキ。お菓子ばっかり。
「小腹が空いたとおっしゃって、執務中にお召し上がりになられるんですよ……」
シール兄様の困った習慣なのだそうだ。ライオット様は肩をすくめ、
「そんなにボリボリ食ってるわけじゃねえから、しょうがねえなですんでますけどね」
「仕事中、クッキーを1枚2枚食べたくなる気持ちは分かる。実を言うと、私も引き出しに少し菓子を置いているんだ」
「まぁ! あなたったら、そんなことを?」
「おっと、余計なことを言ったかな? ライオットの言う通り、しょっちゅう食べる訳じゃないよ。それこそ、3日か4日に1回くらいのペースだ」
エル義姉様の目が、ギラッと光ったことに気付いたのだろう。ヴィンス兄様は、ちょっぴり逃げ腰だった。表情も、笑ってごまかせ、といった雰囲気。
実は、エル義姉様、ぽっちゃりさんなのよね。それでも、フットワークは軽いし、いつもにこにこと笑っているので、ネガティブな雰囲気は全くない。
食事の量は普通だし、社交やボランティアでいつも忙しくなさっているから、運動不足ということもないと思う。だから、エル義姉様は痩せにくい体質なのだろう。
ご本人も気にしていらっしゃらないだと思っていたのだけれど、今の言動を見る限り『あまり』気にしていないだけであって『全く』気にしていない訳ではなさそうだ。
間食は良くありませんのよ、と義姉様はプンスコしていらっしゃる。