まいりましょう、お兄様
光陰矢の如しとはよく言ったものね。あっという間に、当日が来てしまったわ。
この国に生まれた以上、春の舞踏会のことは知っている。
ホーネストの両親も着飾って、すまし顔で馬車に乗り込み、出かけて行ったものよ。わたしは、そんな2人の背中を部屋の窓から見送っていただけ。
翌日の夕方、わたしは食堂に放置されたままの新聞を部屋に持ち込み、社交欄を読んだ。
翌月の淑女向けの雑誌は、母が読み飽きたころを見計らって部屋に持ち込み、舞踏会の記事を読んでいた。エル義姉様のお茶会で、舞踏会の話を聞くこともあったわ。
舞踏会は、お城の中にあるリゴレット離宮で開かれる。この日のために豪奢に飾り付けられ、外階段にはレッドカーペット。
磨き上げられた馬車がひっきりなしにリゴレット離宮を訪れ、着飾った紳士淑女を吐き出していく。国内はもとより、国外からも招かれた参加者の数、ざっと5,000人。
国内外の注目度もダントツなのだとか。
そんな春の舞踏会に、わたしが参加するのよ。参加、できるのよ!
しかも、おまけではなく、メインゲストのパートナーとして! こんなことって、あるのかしら?! ドレスに着替えて、髪をセットしてメイクもしてもらった今でも、まだ信じられないでいるの。
「素敵よ、スー! よく似合っているわ」
「ありがとうございます。エル義姉様」
あれから、話あった結果、マーガレットのレースはスカートではなく、胴に使われることになった。オフショルダーのAラインドレス。腰回りにライオット様のリクエストでもあるドレープを作り、腰に小さめのリボン。スカート丈は足首よりも少し上にしてもらった。
髪はきちんとアップにして、髪飾りを飾る。長年の慣習からはみ出さないように、白バラの蕾と小ぶりのマーガレットに、レースをあしらったかわいらしいものだ。
手袋にもマーガレットのレースを使っていて、今夜のわたしはマーガレット推し。
「マーガレットの花言葉は、恋占いだから……ふふっ。意味深ねえ」
いたずらっぽく笑うエル義姉様は、フラミンゴの羽の色のドレスをお召しになっている。スカートは、3段のティアードスカート。ポイントは、胸元の繊細な蔓バラの刺繍ね。
もちろん、シール兄様がやらかした布地で作られているので、きらきらと光り輝いて見える。うん。これで、凝ったデザインだったら、ミラーボールのようにギラギラになっていたような気がするわ。シンプルイズベスト。まさにその通りよ。
「アレが、そこまで計算してマーガレットを選んだようには思えませんが──」
「グロリアさんも支度が終わっ………まぁ! なんて、素敵なの! きれいな人だと思っていたけど、お化粧をしたらますますきれいになったわね」
明日の社交欄は、あなたの話題で持ち切りよ、とエル義姉様。激しく同意します。
グロリアさんは、まるで人魚姫みたいなの。結い上げた髪には、わたしとよく似た白い花とサンゴや貝殻をあしらった髪飾り。イヤリングは貝殻モチーフ。ネックレスは、白い小さな石の珠を連ねたもの。真珠を使えればよかったのだろうけど、天然モノしかなくて、とても高価だから、使えないのよ。
ただ、シール兄様がその気になればザラザラと真珠を出してきそうな気もする。けれど、そうなると今度は上の身分の方との兼ね合いがね? 王族よりも高価な物を身に付けるなんて、不敬と見られかねないし、水面下での宣戦布告と受け取られても不思議じゃない。
シール兄様が、グロリアさんのドレスに使った布地よりも良い物を王家に献上したのも、そう思われないための回避策だったというわけ。
大人の処世術はともかく、エル義姉様と2人で「こんなにきれいな人が身内にいるなんて、最高ね」と笑っていたら、部屋のドアをノックする音が聞こえ、
「レディー方、支度の方はお済ですか? そろそろライが来る頃かと──」
シール兄様の声がした。もう、そんな時間なの? 朝からバタバタと支度をしていた訳だけど……時間が経つのは早いのね。
着替えを手伝ってくれていたレベッカが、エル義姉様の許しを確認して、部屋のドアを開けた。
「……っ!」
シール兄様……かっっこいい……! 本当にわたしと血が繋がっているのかしら? と首をかしげてしまうくらい、シール兄様は整った顔立ちをしていらっしゃる。
漫画のキャラクターに例えて言うと、表情があまり変わらない、もしくは冷徹な雰囲気を漂わせたタイプ。喉仏の近くにあるホクロがチャームポイントだと、わたしは思っているわ。
ダークブラウンの髪は全体的に長め。その髪を右側だけ、後ろに流して形の良い耳が露わになっている。耳元を飾るピアスはグロリアさんとおそろいの白い小さな石。
盛装したシール兄様の胸元には、グロリアさんのドレスとお揃いの布でできたチーフが入っているのをわたしはしっかりと見たわ。
「あぁ、ロア。よく似合っている。とても素敵だ」
部屋に入ってきたシール兄様は、真っ先にグロリアさんを褒めた。というか、グロリアさんしか目に入ってなかった、っていう感じ。仲が良くて羨ましい。




