…………お兄様? 5
兄様曰く、クレシェントドラゴンのウロコは鏡のように光を跳ね返す性質があるらしい。グロリアさんのドレスが光っているのも、この性質を利用したものなのだそうだ。
「ただ、法力の供給が止まるとこの性質は失われるようなんだ」
「……だから、あたしたちが作業をしている間は光らなかったのね」
「光るほどの法力が布にいかなかったからね」
「クッキー、サバラン。納得しているところ悪いのですが……旦那様っ! このようなもの、着て行けるわけがないでしょう?! いくら何でも目立ちすぎます!」
グロリアさんが、くわわっと吠えるけれど、シール兄様はどこ吹く風といった様子で、
「あぁ、大丈夫。王家とアデラー子爵家、ヴィンス兄さんのところとエル義姉さんの姉君たちの家にも、贈ってあるから。もちろん、ロアのそのドレスの布よりも上のランクの物だ」
「っな……」
ガクンと、グロリアさんが崩れ落ちた。それをシール兄様が素早く支え、
「だから、問題ないだろう?」
「大ありだ。バカヤロウ。報・連・相は組織の基本だっつったのは、お前だろうが」
どすっ。
ライオット様の拳が、シール兄様の頭に振り下ろされたのだった。
「いった!」
「これより上って何を贈ったんだ、何を。グロリアのこれは……グレートタラテクトのスパイダーシルクか?」
「残念。マザータラテクトだ。王家にはクイーンタラテクト。エル義姉さんたちにはマザータラテクトを贈っている。マザータラテクトのシルクの方は、染料に混ぜたドラゴン素材で差をつけてある」
少し涙目になって頭を押さえるシール兄様だけど、ライオット様の質問に答える顔はどこか誇らしげでもあった。──反省も何もあったものじゃありませんね、シール兄様。
ソファーに座らせられたグロリアさんの解説によると、魔物素材による布は、一番高い物でランクBプラス。蜘蛛系も魔物であれば、この評価が付くのは、グレートタラテクト種によるものなのだそうだ。
でも、マザータラテクトの魔物ランクはAで、クイーンタラテクトにいたってはSが付く。
「私が知る限り、この2種の糸で作ったスパイダーシルクは、市場には出回ったことがなかったはずです。というより、この2種から素材採取できたという記録もなかったかと?」
「そうらしいな。ソニセスも最低Bプラスとしか評価のしようがないと言っていた」
「マザータラテクト、クイーンタラテクトのスパイダーシルクだ、っつーても、信用されない上に、ドラゴン素材を使った染料で染めてるわけだしな」
2重の意味で値段がつけられないと、ライオット様はため息をついた。
「はあ~っ……。もう、贈ってしまった以上、返せとは申せませんから、これ以上は言いませんがっ……! 旦那様っっ! 何か贈られるときは必ず相談してください! これでは、私の心臓がいくつあっても、もちません! 変人ソニセスとは違うんですからっ!」
うんうんとシール兄様とわたし以外の4人がうなずいている。わたしがうなずけないでいるのは、変人ソニセスのことを知らないからだ。
「あの……その、ソニセスさんと言うのは?」
「ヴィリヨ商会の鑑定士だ。品質チェックとかやってるんだが……だいぶ変わってる……」
「実績はすごいんだけどぉ、変人なのよ」
「変態の間違いじゃない? 鑑定眼は確かだけど」
「仕事以外では、関わり合いになりたくないタイプですね」
「マイペースなんだ。彼」
ライオット様、サバラン、クッキー、グロリアさん、シール兄様の順でソニセスさんの人物評を聞いた。──ゲーム的に言うと、パラメータ的なものが極端な癖のある人物、ということでよろしいかしら?
「ところで、ライ。その花は何だ?」
「ん? あぁ、これか?」
シール兄様の頭の上に振り下ろした拳とは反対の方。そちらには、マーガレットを淡い緑色の紙でくるんだだけのシンプルな花束が握られていた。
こう言っては何だけど、ライオット様とマーガレットの組み合わせはなんだかミスマッチ。花束にしてあるのだから、どなたかにお渡しするつもりなのだろう…………。
マーガレットが似合いそうな方──控え目で清らかな、おっとりしたお優しい方かしら? 想像すると、胸がチクチク痛む。胸をそっとおさえたわたしの視界に、ぱっと飛び込んできたのは、マーガレットの花。
「えっ?!」
驚いて顔を上げたら、ライオット様が笑っていて──
「ステラ。俺と一緒に春の舞踏会へ行ってくれないか?」
この、マーガレットの花束はわたしに!?