…………お兄様? 4
トルソーが着ているドレスの色が全て白いのは、春の舞踏会の規定というか、暗黙のルールにのっとったものだ。
正式にデビューする前、未成年枠での参加者は男子なら白いテールコート。女子は、白いドレスと蕾の髪飾り姿が定番だ。ドレスのデザインは、シンプルなもの、初々しさが感じられるものが良いと言われている。エル義姉様曰く、デビュー前のおまけが──あるいはデビューしたばかりの新参が──派手な装いで出しゃばるな、ということらしい。
だからこそ、少しでも良い素材を使い、腕の良い仕立て屋に頼むのだそうだ。
「──で? どうする?」
「いくら、初々しい姿が好まれると言っても、子供っぽいデザインは遠慮したいわ」
子供っぽいデザインとは、何か。この線引きは難しいけれど、1つの目安としてスカート丈があげられる。デビューしたなら、スカートはマキシ丈が基本。ミニスカートなんて、とんでもない! というのが大半の意見だと思う。──ただ、スリーズのドレス工房で聞いたように、傭兵スタイルとしてミニスカートが徐々に広まりつつあるみたいだけど。
ここは、少女らしいスタイルということで、無難なミモレ丈にしておこうと思う。
あまり冒険をし過ぎて、ライオット様に恥ずかしい思いや肩身の狭い思いをさせたくないわ。せっかくエスコートして下さるのだもの。堂々とお隣に立ちたいわ。
ただでさえ、10歳も離れているのよ。20前後の結婚適齢期のお嬢様方──結婚相手としてライオット様を狙っている──に、頼まれて仕方なくエスコート役をお引き受けになられたのね、なんて思わせたくないし、言わせたくもない。
「デビュタント前の令嬢が着るドレスの王道コンセプトは清楚可憐だけど……」
だけど……何かしら? クッキー? わたしのもの言いたげな視線に気付いたのか、彼女は慌てて「あたしたち、そういうデザインって、苦手なのよ。特に清楚」
取り繕うように、胸の前で両手をバタバタさせる。
サバランは頬に手を当て、
「そうなのよねえ。使える色は基本的に白一色でしょ? 銀はオッケーなんだっけ? 髪飾りに使う花も白なのよね? それも蕾」
「髪飾りの色は特に指定されていないが……白い花を選ぶ人が多いな。色がついていても、淡い色を選んでいる。蕾がメインなのは、デビュー前だという暗号の1つだな」
シール兄様が答えた直後のことだった。
「旦那様っっ!」
「ロア? どうかしたのかい?」
着替えのために別室へ行っていたグロリアさんが、お怒りのご様子で戻って来たのである。でも、何で怒っているのかしら?
戻って来たグロリアさんは、とても美しゅうございました。
首から胸元までは、キラキラと輝く繊細なレース。胸元の刺繍は、貝や珊瑚をモチーフにしているみたいだ。マーメイドラインのドレスは、膝より少し上から裾にかけて大きく広がり、その部分がキラキラと輝いてまるで朝日に輝く海のよう──ん? 輝いて……?
何で? ラメ入りではなかったはずだし、ビーズやスパンコール、ラインストーンのような物も縫い付けていなかったはず。なのに、何で光ってるの?
「…………ねえ、ちょっと。何で、こんなキラッちゃってるわけぇっ?!」
「トルソーに着せてた時は、こんなに光ってなかったわよっ!?」
大慌てしている職人2人の真横で、シール兄様は
「うん。上手く光ってるな」と、満足げにうむうむと頷いていた。
犯人はアナタですかっ! くわわっと目を見開き、シール兄様を凝視した直後、
「むぁた、アンタなの!?」
「新しいものを寄越すときは、ちゃんと説明しろって言っただろォがぁっっ!!」
クッキーとサバランの非難の声が。サバラン、声が野太くなっているわ。男に戻っちゃっているわッ。それだけじゃなくて、2人共、スパーン、スパーンと兄様の頭を叩いた。
「一体、何をやったのよ!? 何で、光ってるわけ?!」
「法術かっ!? 新しい法術でも組み込んだのかっ?!」
痛い、とさしてダメージを受けていなさそうな顔で、シール兄様がぼやく。
「おいおい……何の騒ぎって……何で、この布光ってんだ?」
仕立て屋2人が、シール兄様相手にぎゃあぎゃあ騒いでいるところへ、ライオット様がお戻りになられた。──そう言えば、どちらに行かれていたのかしら?
「今、その理由を旦那様に問いただしているところです。クッキー、サバラン。そんなに、叩いていたら、旦那様も答えるに答えられませんよ」
両手を腰に当て、グロリアさんがため息をついた。言われて、2人が大人しくなると、グロリアさんは「旦那様?」問いただすお顔の表情筋は、ひくひくと引きつっていたわ。
「法術じゃなくて、新しい染料の実験だ。クレシェントドラゴンの幼体のウロコを細かく砕いた物を染料に混ぜてみたんだ」
は? ドラゴン……? ドラゴンのウロコって……そんなモノを染料に混ぜるなんて、しちゃいけないコトでは……?




