聞いてください、お兄様
悪役のわたしが、ヒロインをいじめるのは、本物の娘に戻って来られたら、偽者である自分が追い出されてしまうという危機感を持ったからだ。
漫画の中では、あくまで娘かも『知れない』『多分、娘だろう』という感じだった。もちろん、物語の後半でそれは確信に変わる。
「わたしは、一体どこの誰なのでしょう? わたしは、わたしが分からなくなりました」
『カネ花』の通りであれば、ホーネスト伯爵家においてカサンドラの立場はまだ弱い。学院内でもそうだ。特に女子生徒からの反発が強い。
でも、現実は違う。カサンドラは、伯爵家でも学院でも確固たる地位を築いている。彼女は、「あたしは義姉さんと仲良くしたいの。でも、義姉さんには嫌われていて……」「お母様から頂いたハンカチを義姉さんにとられてしまって……」といった具合で、涙なしには語れない、嫌がらせに耐える健気な妹の路線で、生徒たちに訴えている。
髪も肌もツヤツヤのピカピカ。文房具は新品、教科書もきれいだ。制服だって、きっちりプレスされている。あれのどこをどう見れば、いじめられているように見えるのか、不思議でならない。
わたしなんて、髪はパサついているし、肌のコンディションも今1つ。健康そうには見えない容姿。文房具も教科書もボロボロ。制服もところどころ薄汚れている。
漫画における、悪役とヒロインの立場が完全に入れ替わってしまっているように思うのだ。──なんて、漫画のことは言えないけれど、話を始めてしまったら止めることができなくなっていた。
あんなことをされた。こんなことを言われた。苦しかった。辛かった。悲しかった。溜めに溜めた愚痴を一気に大放出。
それから、学院を辞めたいこと、家にも帰りたくないことを訴える。
話を聞き終えたヴィンス兄様は「どこから突っ込めばいいのか……」と頭を抱え、
「全員、切り捨ててやりますわ」義姉様は、にっこりと黒い微笑みを浮かべた。
シール兄様にいたっては「どう料理してやろうか」と眼光鋭く呟く始末。ライオット様とグロリアさんは、手伝いを表明してくれた。
…………えっ……と????
「スー、家には帰らなくていい。今日からここに住むんだ。ロア、スーの着替えを手配してくれるか? それと部屋の準備を──」
「かしこまりました」
シール兄様の指示を受けて、グロリアさんが部屋から退室していった。
「ヴィンス兄さん、僕はスーを養子にしようと思うのですが、どうでしょう? もちろん、ばあ様の許可は取りますが……孫の人生がかかっているので、嫌とはおっしゃらないかと」
「ああ、それは良いな。そうしてもらえると、私も気が楽になる。スー、学院にはもう行かなくて良い。私の方で手続きをしておこう」
「でも、それはスーの人生に汚点を残すことになってしまいますわ。そこで、1つ提案なのですけれど、スー。あなた、イツィンゲール女学院に編入する気はないかしら?」
ぽむっと手を打ち、にっこりと笑うエル義姉様。えぇと、イツィンゲール女学院は、義姉様の母校だったように記憶しているのですが──そうですよね。
「それにしてもよぅ、伯爵家に代々伝わるアミュレットが、宝石ン中に家の紋章を閉じ込めたようなヤツってのは、おかしかねえか?」
テーブルの上に並んだ茶菓子に手を付け、ライオット様が首を傾げた。
「ああ。そんなアミュレット、私は持っていた覚えがないんだが……シールはどうだ?」
「色々事情はありますが、結論を言うと、僕たちの妹は今目の前にいるステラ=フロル・エデアで間違いありません。カサンドラと言いましたか? 彼女の方が偽者ですよ」
「え? そ、そうなんですか? でも……お母様は……お父様だって……」
カサンドラを養女にすることを、最終的には了承している。きちんと調べた上で、父は彼女が娘だと認めたのでは──??
「母上の相手が面倒臭くなったから、認めることにしたんだと思うよ、僕は」
え、ええぇ~……?
「スーが小さい頃、迷子になったことがあるのは本当。2歳くらいの話だ。僕は当時、まだ家にいたからね。迷子になったと聞いて、すぐに探したよ」
「ってえことは、ステラを保護したのはひょっとしてお前なのか?」
「ひょっとしなくても、僕だ。母の主張を認めるということは、僕が、12にもなって、妹の顔も知らない、薄情にして愚かな兄だということにもなる」
ひいっ!? シール兄様の背後に活火山が見えるわっ。今にも噴火しそうなヤバイ山が!
「と言うことは、カサンドラこそ母を騙した極悪人ということになるが……一方的にその娘を責めることはできないな」
ヴィンス兄様が、困り顔でため息をついた。そのまま、どっさりとソファーの背もたれに上半身を預け「伯爵家の当主とあろう者が浅はかな事を──私に一言、相談くらいあってもいいだろうに……」愚痴をこぼす。