お兄様、転入準備をしてまいります 4
「実は、私もイツィンゲール女学院の出身なんですよ」
工房へ入る扉を開けて入店を促しつつ、スリーズは、にこりと愛想のよい笑みを浮かべた。
「まあ、そうなの? でしたら、後輩から先輩へ、1つ質問をさせていただいてもよろしいかしら?」
「何でしょう?」
「女学院での学生生活はどうでした?」
何のひねりもない、ありがちなわたしの質問を聞いたスリーズは、きょとんとした顔をした後、愛想笑いを懐かしさと楽し気な雰囲気が混ざった笑みへと変えて、
「最高ですよ、レディー! 殿方を意識しないで、やりたいことや知りたいことを学び、実践できるところです。大体、女は男よりも劣っているだなんて……自分たちの足りなさをごまかそうとしているだけの愚かな行為ですわ」
最後にフンッと鼻を鳴らしたスリーズ。女性のドレスを作る工房も、工房主は男性であることが多いから、何か嫌なことでもあったのね。
「分かります。女だというだけで、ずいぶんと見くびってくださりやがる男の何と多い事か」
「あなたも、商売を?」
グロリアさんの憎々し気なつぶやきをスリーズは、しっかりと聞き取ったらしい。彼女は疑わし気な視線をグロリアさんに向けたものの、
「ええ。商会の代表は別の者ですが、実質、私が取り仕切っておりますもので──」
「そうでしたか。扱う品は違っていても、同じ商売人同士。お互い、頑張りましょう!」
仲間意識が芽生えたみたいだ。グロリアさんも
「ええ。男だからと偉そうな顔をしているような無能には負けません!」
こっちも、嫌なことがあったみたいだ。……仲間が増えるのは、悪いことではないと思うので、良いのではないかしら? ちょぉっと……雰囲気が黒いように思うけれども……。
「……あ! スカートって、こんなに種類があるんですね。びっくりしました。あちらのパッチワークのスカートも素敵ですわ」
少しわざとらしい感じもするけど、ナイスよレベッカ!
実際、工房の中には、スカートをはいたトルソーが10体以上並んでいる。ミニ、ひざ丈、ひざ下などの丈の違いはもちろん、シルエットやデザインの違いなど。同じ物をはいているトルソーが1つもないのよ。レベッカは、1つ1つじっくりと観察して「スカートを2枚はくのもありなのね」とオーバースカートをしげしげと眺めている。
「失礼いたしました。レディー、こちらで採寸をさせていただきます」
「ぁ、はい」
スリーズが手招きしたのは、工房の奥の方だった。奥には3人のアシスタントがいて、1人は早くもメジャーを構え、もう1人は書きとる準備万端です、という雰囲気。
「では、採寸を行いながら、制服のデザインをつめてまいりましょう」
スリーズが言い終わらない内に、手持ち無沙汰っぽかったアシスタントが、ささ~っと動いて、トルソーを5つ、わたしの前に並べた。
「まずはこちら。私どもではノーマルと呼んでいるタイプ」
ブラウンのジャケットとダークブラウンのプリーツスカート。
「こちらがデザインにラインを取り入れたタイプ」
ブラウンのジャケットの裾と袖口にライトブラウンのラインが入っている。スカートにも2本のライン。
「こちらは、今1番人気の、チェックデザインです」
ジャケットの襟とスカートがチェックの布で作られている。
「それから、このホワイトタイプは、限られた優秀な生徒だけが着用しています。ただ、そういう決まりはなくて、生徒たちの間でできた暗黙のルールのようですわ」
4つめのトルソーは、ブラウンのラインが入った白のジャケットに、ブラウン系のブラウスを着ている。
「最後は、プラスホワイトと呼んでいるタイプで、ホワイトタイプ以外のデザインに、エプロンやベストなどで白を大目に取り入れたものです。前期生に人気ですよ」
前期生は、前世で言うところの中学生。後期生が高校生にあたる。わたしは後期生だ。
うん。ホワイトとプラスホワイトは、なしかな。って言うか……
「制服のデザインが5つもあるの?」
「いいえ? これはあくまでタイプ見本です。ジャケット、ベスト、ブラウス、スカート。どれも、生徒が自由にデザインできますよ」
アイドルグループの衣装かいっ! 心の中で、もう1人のわたしが手首のスナップをきかせつつ、スリーズにツッコミを入れている。
「あの……夏は皆さん、どんな衣装を?」
「そうですね。夏場はブラウスにスカート、という方がほとんどです」
基本的には色のルールさえ守れば、何でもありらしい。ただし、ライン(ストライプ)とチェック以外の模様は禁止。また、ベルトのバックルなど、金具を使う時は真鍮色であること。コサージュやアップリケ、ワッペン、刺繍は不可。それでも、自由度が高すぎない?




