お兄様、転入準備をしてまいります 3
結局、再考の申請は通らなかった。ちょぉ~っとばかり不満だけども、いつまでもむくれているわけにもいかないし?
「不満が顔に出ていますよ、ステラさん」
むっ。ペチペチと両頬を叩いて、不満を奥に引っ込める。グロリアさんには、笑われっぱなしだけど、致し方なし。
「何を言われたのかは存じませんが、そろそろ気持ちを切り替えていただけますか? もうすぐ、工房に着くそうですよ」
「分かったわ」
「3色のうち、どの色にするかはもう?」
「えぇ。ライトブラウンにしようと思っています」
わたしって、暗めの色って似合わないのよね。何だか、疲れているように見えちゃうの。だから、ダークブラウンは却下。ブラウンもねぇ……。
「揃えるのは、スカートとジャケット、ブラウスでしょうか? ベストは着用自由みたいですよ? これから暑くなることを思えば、ジャケットはフルオーダーにして、寒くなってきてから着用するという形でも良いのでは?」
「夏の制服規定はどうなっているのかしら?」
パンフレットにはそこまで細かく書かれていないのよね。校則にも、指定カラーの物を着用するように、と書かれているだけで、冬はこれ、夏はこれ、と明文化されていないのだ。
「特に規定がないようであれば、レベッカの言う通り、ジャケットはフルオーダーにしたらどうです?」
「そうですね」
一応、工房の人に在校生の夏服事情を確認してみるけれど、ジャケットはフルオーダーでも良さそうな気がしてきた。
後は帽子も必要だし、制服に合った靴もほしい。皆さん、どんなコーディネートをしているのだろう? 工房の人なら知っているだろうから、色々アドバイスしてくれるといいな。
セールヴィ学院は、夏服はこれ、冬服はこれって決まっていた。靴や靴下も、指定されていたから、何にも考えずに済んだのだけど。揃える楽しみがなかった、とも言える。
馭者から「着きましたよ」という報告を受け、窓の外を見た。
窓の外、ちょうど工房のウインドウが目の前にあって、そこには、3色の制服が並んでいる。トルソーに着せられた制服のスカートは……
「うっそ。ミニスカート──!」
左から、膝上、膝丈、膝下の3種類。この国の文化水準は、前世で言うところの19世紀頃に似ている。前世のその時代もそうだったように、足を出すのははしたないという風潮が強いのだ。だから、膝上のスカートをはく時は、必ず下にパンタレットという長い下ばきを着用する。埴輪スタイルになる、と言えば分かるかしら? 見せることを前提としているから、たいていリボンやレースの飾りがついている。でも──
「パンタレットを穿いていない……だと……?」
むむむむ。つい、眉間に皺が寄ってしまう。仲良く並んだ3つのトルソーの下には、『イツィンゲール女学院の制服を取り扱っています』という看板が置かれている。
「あぁ、傭兵スタイルを取り入れているんですね」
「傭兵スタイル?」──とは、何ぞや?
隣に立ったグロリアさんを見れば、
「女性の傭兵が、パンタレットなんて必要ないと穿くことをやめたのがきっかけらしいですよ。今では、女性騎士の間にも広まりつつあるとか」
へえ、そうなの。ファンタジーだと、当たり前のように女の子がミニスカートとかショートパンツとか穿いているのに、現実はそうじゃないのね~なんて、思っていたのだけど。単に、わたしが知らなかっただけなのね。──反省。
パンツスタイルも少しずつ広まって来ているようですよって、グロリアさんから教えてもらう。レベッカもパンツスタイルには、興味があるらしい。それなら、スカーチョあたりから挑戦してみてはどうだろう?
「女学院の制服にご興味がおありですか?」
「え? あ、はい。編入が決まったもので──」
おおっとぉ……いつの間に。制服から少し脱線しつつあったわたしを本線へ戻してくれたのは、工房から出て来たっぽい、お姉さん。くるんくるんにカールしたボリュームのある髪に、大きな眼鏡。パフスリーブのブラウスとハイウエストのスカートという恰好で、左の手首にはベルトをつけた針山をくっつけている。
「それはおめでとうございます。私は、工房主のスリーズと申します。どうぞ、中へお入り下さいな。今は、お客様がいらっしゃいませんので、すぐに対応させていただきますわ」
女性の工房主なんて珍しいと思っていたら──クッキーとサバランは、まだ工房を立ち上げていないのでノーカウント──スリーズもイツィンゲール女学院の出身だそうだ。
女学院の学院長の好意で、制服の仕立てをさせてもらっているのだとか。