お兄様、転入準備をしてまいります 2
女学院の封筒をシール兄様に渡すため、ソファーを立ったら、ライオット様がさっと動いて下さった。わたしから封筒を受け取り、兄様へ手渡してくれる。
「あぁ、そうだ。スーも見ておいた方がいいかな? 養子縁組の許可証だ」
言いながら、兄様は軽く丸められた用紙をライオット様へ。ライオット様は、それをバトンのようにわたしへ手渡してくれた。
くるくると丸められたそれをそっと広げてみれば、6月15日付けで、わたしと兄様の養子縁組を正式に認め、教区記録を変更したと書いてある。
教区記録というのは、戸籍のようなもののことだ。きちんと、貴族院の議長と国王陛下のサインもある。貴族の縁組は、貴族院と国王陛下の許可必要なのだ。ちなみに、これが庶民同士であれば、教会で教区記録──戸籍のようなもの──を変更するだけで済む。
「入学手続きに関しては、僕の方で片付けておくけれど、スーは早めにここにある洋品店や工房へ行くなり、人を呼ぶなりして、制服を作っておいて」
はいと差し出されたパンフレットが、再びライオット様を経由して、わたしに渡された。物ぐさ兄妹でごめんなさい……いえ、兄妹ではなくて、親子になったのだった。
パンフレットのタイトルは、イツィンゲール女学院御用達商会・工房。中を見れば、制服や靴、鞄などの小物類はここで揃えることができる、という案内だった。
制服は、ライトブラウン、ブラウン、ダークブラウンの3色から選ぶことができると書いてあり、ジャケットとスカートの色が違っていても良いらしい。その他、ご要望に応じますとあるので、これはお店の人に来てもらうより、直接行った方が早そうだ。
「セミオーダーだけでなく、フルオーダーもできるのですね」
「セールヴィもそうだったはずだが?」
「マジか。俺は、布地と型紙だけ買って隊の繕い屋に縫ってもらったぞ」
ライオット様は仕立て代の問題。工房でオーダーするとしたら、手間賃にブランド代が加算されるので、それを嫌ったのだそうだ。シール兄様は面倒臭かったので、
「僕はパターンオーダーにした。ヴィンス兄には、せめてセミオーダーにしたらどうだと言われたけど──グランドツアーに出る資金が貯まれば、すぐに学院を出るつもりだったから、見苦しくない程度に整っていればそれで良くてね」と肩をすくめる。
「でも、スーの場合はそういう訳にもいかないな。フルオーダーで頼んでも構わないけれど、それだと入学に制服が間に合わないのが問題か」
「ええ。制服の貸し出しもあるようですが……そちらを利用するのも世間体の良い話ではありませんから、セミオーダーにしようと思います」
制服を借りる生徒は、限られている。金銭的余裕がなく、制服を作ることができない。あるいは、遠方に住んでいるため、入学に間に合うように制服を注文できない、などだ。
ダンジェ伯爵家は、このどちらも当てはまらないため、制服を借りるのは、ちょっと恰好悪いよね、という話だ。
ちなみに、この貸し出し用の制服は、卒業生の寄付。ご自分が着ていらしたものをそのまま、女学院に寄付される方が多いらしい。
「という訳ですので、シール兄様。午後から工房へ出かけて来ても良いですか?」
「もちろん。ついでに必要な物も揃えておいで。ロアとレベッカを連れて行くと良いよ。ライは、なるべく早くスーのメイドと護衛を選んで」
「ああ。……メイドはともかく、護衛は獣人になっちまうが構わねえか?」
「もちろんですわ」むしろ、大歓迎です。
心の声がライオット様に届けば良いなという願いを込めて、にっこりと笑って見せる。
獣人のお耳や尻尾は、心惹かれるものがあるわよね。本当は、ライオット様のお耳も尻尾も、触りたくてたまりません。でも、我慢。
獣人にとってお耳や尻尾を触って良いのは家族や恋人だけ、というのは、定番の異世界あるあるだけど、この世界もそうなのよ。獣人にお耳や尻尾の話を振るのは、下品だと言われている。
人間風に言い換えるなら、胸やお尻を褒めるようなもの。下ネタってヤツね。だから、話題にするにしても、場所や雰囲気が重要となる。
「ところで、わたしに付けて下さるというメイドなのですが、ライオット様のお知り合いの方をご紹介して下さるのですか?」
「まあ、そうだな。うちの部隊の身内かその知り合いになると思う」
何でそんなことを聞くんだ? と言いたげに首を傾げないで下さい、ライオット様。
「お前はコイツと全く同じ血が流れてるんだぞ? 肉体的にはもちろん、精神的にもタフなヤツじゃなきゃ、つとまらねえだろ」
「どういう意味ですか、それ」
「どういう意味だ、それは」
わたしとシール兄様の声が見事に重なる。ライオット様は「兄妹だなあ」と笑い
「そのまんまの意味だ。これは、グロリアも同じ意見だぞ。絶対に振り回されることになるから、側に付けるのは心身共にタフなヤツが良いってな」
いくらライオット様のお言葉でも納得できません。再考を要求しますっ。




