お兄様、転入準備をしてまいります
「ところで、側付きの件だけどよ、ステラの希望も聞いといた方が良くないか?」
「それもそうか」
ぽんぽんと太ももを軽く叩かれたのは、立ちなさいの合図だろう。兄様に預けたままだった体を起こせば、執務机の前のソファーを勧められる。
「あの、側付きって?」
ソファーに座り、上半身を捻って後ろにいるシール兄様へたずねれば、男性の護衛と女性の使用人を、わたしの側に控えさせたいのだと教えてくれた。
「護衛……ですか? それに、わたしにはレベッカがいますけど?」
護衛はともかく、女性の使用人は必要ないと言外に匂わせる。レベッカは、明るくてテキパキと働いてくれる素晴らしい女性だ。チャームポイントは、ズバリ垂れ耳だと思う。そう、彼女は犬の獣人なのよ! ものすごくカワイイの!
「レベッカは、スー付きのメイドじゃないから、頻繁に家を空けられるのは困るんだ」
「家を空ける? レベッカがですが?」何故?
わたしが首を傾げていると、ライオット様が「あのなあ」と呆れた声で、
「お前は、伯爵令嬢だってことを忘れてないか? 外を出歩く時は、最低でもメイドを1人は連れてるもんだろ? 世間体ってもんがあるんだから」
「あ……!」そうだった。貴族の娘として、外を歩く時は少なくともメイドを1人、連れて歩くものだったわ。1人歩きが許されるのは、近所の公園を散策するくらい。
…………自然と目が泳いでしまうのは、仕方がないと思うの。ホーネストの家では、カサンドラと違って、わたし付きのメイドなんて、存在しなかったから……。
学院へは、馬車に乗って通っていたけれど、カサンドラと一緒だった。同乗していたメイドは1人だけで、彼女は当たり前のようにカサンドラにだけ付き添っていたので、学院に着いたら、わたしは放ったらかしだったのである。当然、世間体は悪い。悪いのだけど……わたし、悪役でしたからね!
うふふ。ほら、ご覧になって。レディ・ステラ=フロル・エデアはご家族にまで見放されているようよ。年頃の令嬢だと言うのに、メイド1人付けて貰えないなんて……何ておカワイソウなのかしら。オホホ。──ってなものよ。
「男爵家以上の令嬢は、最低でもメイドを1人付けて、送り迎えさせることが学院の決まりだったはずなんだがな……」
シール兄様、笑っているけど、笑っていないわ。目が、目が怖い……っ。
「そのこともきっちり、新聞社が記事にしてたはずだぜ? ただ、つつけばホーネスト伯爵家にまでつき抜けて行っちまうから、つつきたくてもつつききれねえのが現実だな」
肩をすくめたライオット様は、話を戻すぞと前置きをして、
「お前さんの外出時に付き添うメイドと護衛を選ぼうと思ってる。んで、どんなヤツがいいか、要望があるかってことなんだが……あるか?」
「そうですね。できれば、年の近い方が良いですね」
「分かった」
「ですが、メイドはともかく、護衛も必要ですか?」
ホーネスト伯爵家もそうだけど、ダンジェ伯爵家もそれほど権威がある家柄ではない。
お亡くなりになられたおじい様は、政治家として国を支えていらしたものの、どちらかと言えば無名に近い方だった。
その後を継ぐことになったシール兄様も、政治には興味をお持ちでない。
「……あのな。ダンジェ伯爵家には、政治的にも経済的にも大したうまみはねえけどな、シルベスター・ヴァレンタイン・ダンジェっつー人間には、商業的なうまみがいっぱいくっついてるのを忘れんな。特に今は、あっちこっちに圧力かけてる最中だしな」
「あ! アミュレットの特許!」
言われて思い出す。って言うか……シール兄様の周りには、お宝がざっくざくなのでは? アミュレット以外にも、スティラ・クリスタや転移法陣(稼働実験中)。研究のためとはいえ、魔物だって沢山飼っている。魔物の素材は、物や状態にもよるけれど、良いお金になるという話だし──
「わたし、悪い人に狙われても不思議じゃありませんね……!」びっくりだわ。
「今頃気付いたのかよ……。まあ、そういう訳で、お前には護衛がいるんだ」
呆れ顔で見られてしまった。でもでも、言い訳をさせていただくなら、今まで忘れられていた存在ですからね?! 急に側付きのメイドだ、護衛だって言われてもピンとくるわけないじゃないですか! 鳴かず飛ばずの伯爵家の令嬢に護衛なんて、普通は付かないのよ。
──と、言い訳してみたところで「これからの話をしてるんだ」と言われそう。
「スー、女学院から届いた封筒の中身を見せてくれ。手続き用の書類や準備品のリストが同封されているはずだから」
「あ、はい。そうですね。…………ところで、シール兄様? わたしの養子縁組の手続きはどうなっているのですか?」
「終わったよ。ついさっき、完了報告を受け取ったところだ。意外にも父が渋ったらしいが……ジェラルド殿下の圧力には勝てなかったみたいだ」
そりゃ、勝てないでしょう。勝てる訳がないわ。




