お話しましょう、お義姉さま 3
どんなに悩んだところで、わたしの気持ちは変わらない。
「ヴィンス兄様が婚約を決めたとおっしゃるのであれば……」
あれ? でも、シール兄様の娘になるのなら、わたしの婚約を決めるのはシール兄様?
貴族の慣例に倣うと、娘の結婚相手を探すのは、父親の役目だ。もちろん、全ての令嬢がそうだとは限らない。学院で、あるいは社交界などで、ご子息が令嬢を見初めて、あるいは令嬢がご子息を……というケースもある。
ただ、どちらの場合でも最終的に話をまとめるのは、父親の役目だ。ホーネストの父に期待してはいけない。前世の記憶を思い出す前ならともかく、今はあの人を──母も含めて、親とは思えないのだ。
フランシス様との婚約、わたしが乗り気でないのにグロリアさんは、気付いたようで、
「そうですか。あなたが望んでいないのなら、この話はなかったことにいたしましょう。旦那様に提案もいたしません」
「え? フランシス様と婚約の話はないの?」
「ないですよ? あちらからは遠回しに打診があったのは事実ですが、旦那様もヴィンセント様もあまり乗り気ではないのですよ」
「理由を聞いても?」
「政略的なメリットが少ないということが1番ですね」
同じ伯爵家。家格のつり合いは取れているけれど、ダンジェ伯爵家としては、サンドロック伯爵家と縁を結んでも、うまみがない。というのも、あちらの売りは、軍馬と傭兵団。
「ですが、旦那様はレオン・バッハという傭兵団と懇意にしておりますから、サンドロック伯爵家の傭兵団との縁はなくても困らないのです」
ホーネスト伯爵家には、懇意にしている傭兵団がなかったので、サンドロック伯爵家との縁は悪くないものだった。
傭兵を雇うこと、彼らとパイプを持っていること。それは、貴族であれば普通のことなのよね。その時々で、自分の部下や騎士団を使ったり、傭兵を使ったりと使い分けるのよ。
例えば、領内外での私的なお使い。これは、傭兵向き。土地持ち貴族は、騎士団を抱えているけれど、彼らの任務は領内の治安維持と有事の備え。公的なお使いならともかく、私的なお使いは頼めない。抜け道はあるけど、それだって限度というものはある。
それから、彼らの情報網は侮れない。情報を集めることは元より、発信力も強い。もちろん、強い層、弱い層はあるけれど、そこは使う方が見極めればよい話。
となれば、当然、人と人の繋がりも目を見張るものがある。その人脈と人材も、頼りになる。
という訳で、ちょっと大きな家になれば、優秀な傭兵団と懇意にしておくことがどんなに重要か、きちんと理解しているはずだ。
また、実りが期待できない土地持ち貴族は、傭兵として力をつけ、それを売りにしているところもある。サンドロック伯爵家も、元はそういうお家柄だったはずだ。力をつけ、領地を増やしたお蔭で、名馬の育成でも名が知られるようになったと聞いている。
「シール兄様がライオット様と仲良くなさっているし、ヴィンス兄様もライオット様とは顔合わせもすんで、お知り合いになられたのだから、サンドロック伯爵家の傭兵団との繋がりがなくなっても困らないのね」
「はい。婚姻という縁を結ばずとも、ステラさんとサンドロック伯爵家のご子息が文通を通じて交流なさっていて下されば、十分かと──」
「なるほど。…………あのね、フランシス様は良い方だと思うの。馬に乗っていらっしゃる時は、カッコいいのよ。それは本当。でもね、男の人として意識できるかって聞かれると、困るの。仮に婚約したとしても、それなりの関係は築けると思うのだけど──」
「異性としてのときめきは、感じられないだろうと──?」
わたしは無言で頷いた。
「政略にときめきが必要? って聞かれたら、いいえって答えるしかないけど……。でも」
「ときめきたいですよね」
分かります、とグロリアさんが頷いてくれる。
「大丈夫ですよ。ヴィンセント様とエイプリル様も恋愛結婚だと伺っております。その……私と旦那様も。もっと言えば、ヴィンセント様ご夫婦はともかく、私たちの関係に政略は関係ありませんから、ステラさんにだけ、政略結婚を強要するということはないと──」
政略的な意図があったとしても、わたしの気持ちを優先してくれるはずだと、グロリアさんは言ってくれた。
「ありがとう。ふふっ。あのね、グロリアさん。わたし、社交界にデビューする前から婚約者が決まっているのはちょっと面白くないと言うか、楽しみがないような気がするのよ」
「あぁ、それは……あるかも知れませんね」
ちょろっと舌を出して笑うわたしへ、グロリアさんも笑ってくれる。
シール兄様と出会う前までは、チケットを買ってしょっちゅうダンスパーティーへ出かけていたのだそうだ。
「こう見えて、パートナーに不自由したことはなかったんですよ? 旦那様と会ってからは、そういう訳にもいきませんでしたが──」
昔を懐かしんで笑うグロリアさん。彼女の笑い声には、特定の相手がいないパーティーの楽しさも分かっています、という副音声がついている。




