お話しましょう、お義姉さま 2
「本当に馬が好きでいらっしゃるのね」
馬術の専門学校に通えることになったのが、嬉しくて仕方がないみたい。春の舞踏会が終わってから、専門学校の方へ移ることになるそうだ。
「馬? ですか?」
「ええ。フランシス様も転校なさるそうなの。その転校先が馬術の専門学校なのよ。調教や良い馬の育て方とかも学んでみたいと書いてあるわ」
手紙の内容を知らないグロリアさんが不思議そうにしているので、彼女へ手紙を差し出しながら答える。
確か、サンドロック伯爵家の領地には、名馬の産地があったから、馬のことを勉強されるのは良いことなのかも知れない。そのことも付け加えると
「それは、それは。領民にとっても、良いことかも知れませんね。ですが、伯爵家の跡取りとなられる方が、そういう学校へ進学されるのは珍しいことなのではないですか?」
わたしから手紙を受け取ったグロリアさんは、文面に目を走らせ、新しい質問を口にした。
「そうでもないわ。貴族としての教育は、学院に入る前にほとんど終えていることが普通なの。学院でも学ぶのは、復習と足りていないところを補うためね」
領地経営とかそういうことは、成人してからでも十分間に合う。当主の仕事は、決断することだもの。実務的なことは、それぞれプロフェッショナルがいるから大丈夫。
「だから、教育機関に通う必要なんてほとんどないのよ。それでも、教育機関に通うように言われるのは、同年代の友人や知人を作ることで人脈を広げられるからでしょうね」
後は、どこそこの教育機関を卒業したという、箔付けかしらね? ただし、この卒業というのが、くせ者。大抵の教育機関には、何年通えば卒業とか、単位をどれだけ取れば卒業、という目安はあっても、規定がないのである! ビックリでしょう?!
だから、年間カリキュラムも基本的には自分で組んでいく。そうして、もう良いかな? と思った方は、1年くらいで自主的に卒業してしまわれる。
とは言え、そういう方は少数派らしい。ほとんどの方が、目安を守って卒業していく。
「──ということは、学院を卒業しても、頭の出来は保証されない?」
「わたしが言うのもなんだけど、当たり外れが大きいのよ。勉強熱心な方は、本当に熱心だもの。教えて下さる先生方も、意欲のある生徒には丁寧かつ厳しく教えて下さるわ」
「と言うことは、それなりの生徒はそれなりに?」
「そうでもない生徒は、そうでもなく──」
こくりと頷き、わたしはグロリアさんの問いかけを肯定した。世間では、学院を卒業したことではなく、どれくらいの成績で卒業したのかが重要視されるらしい。
「だから、学院の中のこと──成績はもちろん、学院生活まで、外は興味津々で言動のほとんどが筒抜けになっていると思いなさいねって……入学式の時に言われたのに……」
すっかり忘れていたわ。ため息とともに言葉を濁せば、
「当事者になってしまうと、急に視野が狭くなりますし、思い込んでしまうこともありますから。ちょっと考えれば分かることなのに、と自分で自分が情けなくなったりします」
グロリアさんにも、覚えがあるのかしら?
「ところで、ステラさんが、その自主卒業を願い出なかったのは何か理由でも?」
「理由なんてないわ。卒業の申請は、保護者しかできないの」
「ああ、それもそうですね。常識的に考えればそうですね。失礼しました」
それに、自主卒業は『家庭の事情』でなければ、認めてもらえない……らしい。例えば、結婚が決まったとか、爵位を継ぐことになったとか、学費が払えなくなったとか。自主卒業をされた方を何人か知っているけど、理由は公表されないので、あくまでも噂である。
「ですが、今のステラさんなら認められますよ?」
「は?」
いきなり何を言い出すんだ、この人は。フリーズしているわたしを前に、グロリアさんはニコニコと笑いながら、
「サンドロック伯爵家のご子息と婚約をする気はありませんか?」
爆弾を投下してくれやがりました。
いわく、あちらはヴィンス兄様やシール兄様と縁を結んでおきたいそうな。そのためにはどうしたら……あ! 婚約者をカサンドラからステラ=フロル・エデアにかえたら済む話じゃね? となっているらしい。
「いかがですか?」
いかがも何も……フランシス様と婚約だなんて、考えたこともない。ただ、ヴィンス兄様やシール兄様から「婚約を結んだから」とか「結ぶから」と言われたなら、それに従うだけだ。貴族の娘って、そういうものでしょ? わたしから、フランシス様と婚約したい、という気持ちはない。良い人だけど……良い人どまりでもあるわけで……。




