お話しましょう、お義姉さま
「ジェラルド殿下は、卒業生に貴族が多いことを利用して、勝手にその名前を使った学院が悪い、ということにしようと?」
「どうでしょう? 被害者を騙る加害者がいる可能性も否定しきれませんので、そこは何とも……。新聞社と貴族と第一王子殿下の間で、政治的な根回しが行われるのでは?」
なるほど。新聞社の方も、王族を敵に回しかねないスキャンダルよりも、王族を味方につけたスキャンダルの方が良いに決まっているもの。作れる貸しは、作らなきゃ損だわ。
「王族が学院を訴えるのですから、圧力を受けた側も訴えやすいでしょう」
「……でも、そうなると学院はボロボロね。これまで築き上げてきたものが台無しだわ。学生もとんだとばっちりね」
「そうですね。ですが、最近の学院はあまり評判がよろしくなかったようですよ? 第三王子殿下が入学なさったのは、イメージ回復をはかろうという、思惑があったとか──」
「そう言えば、第二王子のクリフォード殿下は、イスフェルト法術学院へ進学なさっていたわ。法術学院は、国の法術研究院とも連携しているし、他の国の教育機関とも姉妹校提携をしていて、法術士の育成には定評があるところよね」
試験はさほど難しくないものの、卒業するのがとても難しいそうだ。クリフォード殿下もまだ在学中なのではなかったかしら?
「何にせよ、学院は終わりでしょう。この件もそうですが、あなたへのいじめの件もあります。学費の件も、事務員が勝手に納付名義を書き換えていたそうですから……」
わたしへのいじめを見て見ぬふりするだけでなく、それを助長するような真似をしたことなどで、ヴィンス兄様は学院を訴えることにしたそうだ。
「ただ、第三王子殿下がいじめに関与していたという疑惑については、うやむやのままにしておきたいそうです」
「それは……仕方がないわね」
相手は王子。こちらは、大して大きくもない伯爵家の令嬢。事を荒立てて大騒ぎしたところで、良いことは何もない。
「そういえば、シール兄様の娘になるという件、グロリアさんはどうなっているのか知っていて?」
「あちらが渋っていらっしゃるそうですよ。サンドロック伯爵家より、婚約の話を白紙に戻したいという申し出があったこともあって、その対応に追われているから、とか何とか」
刺繍をしていた手を完全に止めて、わたしは「もう?」目を丸くする。
カサンドラは、フランシス様との婚約を「あちらから是非にと望まれたのよ、オーホホホ」と、自慢していたのに。でも、彼は好みのタイプではないので、実は不満だったのよね。
「婚約を白紙に戻すことは、ご子息の強いご要望だったとか」
「無理もないと思うわ。あの方、争いごとは好まない、穏やかな性格の方だから、カサンドラに、情けないだのなんだの言われていても、言い返すようなことはなかったの」
この辺は、『カネ花』とも同じ。漫画の方では、主人公カサンドラではなく、悪役ステラ=フロル・エデアと婚約していた。いつも暗い顔で彼女の一歩後ろに付き従っていて、何か気に入らないことがあれば怒鳴られ、罵られ、叩かれ、召使のように使われていた。
婚約者は違うものの、婚約者からの扱いは、漫画と同じである。ただ、漫画では悪役の彼女の側にリチャード殿下たちはいなかったことを思うと──今の方がかわいそうだ。
「カサンドラは、フランシス様の欠点ばかりあげつらっていたけれど、そんなことはないのよ? 国の馬術大会では何度も入賞されていらっしゃるし、成績だって10位以内に入っていらっしゃるの。読書家でもいらして、学内新聞に書評を寄せていらしたこともあったわ」
取り上げていらしたのが冒険小説だったから、ちょっと意外だった。フランシス様が取り上げられたのだからと、興味本位で読んでみたらどハマりしたのは内緒の話。そろそろ、新刊が発売されても良い頃だと思うのだけど……まだかしら? それはともかく、
「望まれて、ねえ……。間違いではありませんが、サンドロック伯爵のお話だと、この婚約の目的は、旦那様との繋がりだったようですよ?」
「え? ということは、カサンドラじゃなくて、わたしと婚約していたかもしれない?」
「ええ。先方にしてみれば、どちらと婚約しても縁続きになれるはずでしたからね」
その件については、コメントしづらいものがあるわ。わたしが、何と答えて良いものか、悩んでいるのに気付いたらしいグロリアさんは、
「仮定の話をしても、仕方ありませんよ。それよりも、ステラさんにご子息から、手紙が届いています」
「フランシス様から?」
手紙を頂く理由が分からない。観葉植物のような緑色の封筒を受け取り、封を開ける。中から出て来た便箋は、右下に馬が印刷されていた。
中身は、在学中に何もできなかったことに対するお詫びと、カサンドラとの婚約を撤回できそうなことに対する喜び。学院に留まることも考えたそうだけど、心機一転、転校することを決めたそうだ。どこに転校するのかと思ったら、何と馬術の専門学校! お父上もまだまだ健在でいらっしゃるから、しばらくは好きなことをなさるそうだ。