快適(?)ですわ、お兄様 6
「全く、どいつもこいつも頭が悪い。っと、そうだ、隣国のベサトゥムへの販売も中止だな」
うっかりしていた、とシール兄様が肩をすくめる。わたしとしては、そのままうっかりしていてほしかったです。胃がキリキリと痛み出しそうだわ……。
わたしがいじめられる原因を作ったのは、カサンドラ・リュクス・ホーネスト(義妹)、リチャード・ネッツァ・マルクトー殿下とその側近候補2名。隣国ベサトゥムより留学中の公爵家三男と学院の態度だと、シール兄様たちは考えていらっしゃるようだ。
「あの、シール兄様? レシピ使用許可の更新をしなかったり、取引を中止したりしたら、商会が潰れてしまうのでは? それに、それぞれの家との関係も──」
「潰れないよ? 国内で卸売業はしないだけで、ベサトゥムを除く他の国とは取引を継続するし、レオン・バッハという顧客もいる。他にも収入のアテはあるしね。王家とはジェラルド殿下との繋がりがあるから大丈夫。他の家とは別に関係が悪化しても、僕は困らない」
そもそも、商会はあくまで研究資金を稼ぎやすくするための手段でしかないのだそうだ。
「…………シール兄様? 1つ質問なんですが、ヴィリヨ商会は何を売っていらっしゃるの?」
「僕の研究の成果だったり、副産物だったり? 何を売るかは、ロアが決めているんだよね。牧場で元々作っていたものも売っているし……」
商会はグロリアさんが主導でやっているので、シール兄様はよく知らないそうだ。そういえば、この間のスティラ・クリスタも何それ? 状態でしたわね。
「とにかく、少々取引を中止した程度で、商会が困窮するようなことにはならないよ。それに、どの程度まで嫌がらせになるかどうか……。ただ、確実に学院の評判は地に落ちる訳だから、それだけで十分なんじゃないかな? と思うんだ。どうかな?」
「どうかな? とおっしゃられても……やりすぎのような気がしてなりませんわ」
それ以上は何も言えなくて、わたしはためいきを返すだけだった。
「──あの時のシール兄様のお顔ときたら……いい仕事をしたと言わんばかりの、とても良い笑顔だったのよ? やりすぎだとは思わなかったのかしら?」
「欠片も思わなかったでしょうね」
そんなに、あっさりばっさり言わないでほしかったわ、グロリアさん。
わたしは今、サロンにいてハンカチにアンモナイトを刺繍している。このハンカチは、シール兄様にプレゼントするつもりだ。クローバーをくわえた鳩にしようかと思いながら、グロリアさんに相談すると、まさかのアンモナイト推し!
は? と思いはしたものの、嫁が言うんだもの。10年離れていた妹よりも、兄の好みは把握しているに違いない。鳩はヴィンス兄様にお渡しすることにするわ。エル義姉様とグロリアさんには、花を刺繍しようと思っている。かわいいソフィアには、ウサギを刺繍した、涎掛けを贈ろう。
そういえば、朝食の後、わたしの膝の上に乗っていた真っ白いコは、ふらりとどこかに行ってしまったまま戻ってこないわね。ちょっぴり残念だけど、刺繍をすることを思えば、いない方がよかったかも。
「グロリアさんは、シール兄様を止めようと思わなかったの?」
お昼近い時間になって起きてきたグロリアさんは、わたしの前に座って、手紙の仕分け中。今日は、姫袖のガウンに袖を通し、胸元に切り返しのあるスレンダーラインのワンピースを着ていらした。ちょっとアンニュイな雰囲気が、色っぽくて素敵。
「思いませんでしたよ? そもそも、止める理由がありません。まず、学院の件ですが、あれは自業自得というものです。遅かれ早かれ、暴露されて大問題になっていたでしょう」
新聞記事によれば、あちらの公爵家、こちらの侯爵家、伯爵家に辺境伯家とたくさんの名家の名前が使われているみたいだったわね。学院が「相手が勝手に誤解しただけ」だと言い訳したところで、意味がないでしょう。大事なのは、相手がどう受け取ったか、という一点。
「当然、大衆は『本当に王族は、貴族はこの件に関わっていないのか?』という疑問を持ちます。権力をかさに着て横暴に振る舞う方は、どこにでもいらっしゃるものですから」
「そうね。でも、王族も貴族も関与を否定するわよね? 自分たちも被害者だって」
「否定するにしても、否定の仕方というものがあります。曖昧な情報しかない状態で、否定をすれば、説得力に欠け、逆に疑惑を深めることになりかねません」
ふうと息を吐いて、グロリアさんが手紙を仕分ける手を止め、顔を上げた。テーブルの上に置いているカップに手を伸ばし、口をつける。
「勝手に名前を使われたみたいで、こちらも迷惑しています、では、頼りないものね。ということは、王族にしてみれば、最悪の事態を回避できたということになるのかしら?」
ヴィンス兄様が関わっていらっしゃるもの。新聞社が調べた内容はもちろん、ライオット様の持っている情報も全て、ジェラルド殿下へお渡ししているに違いないわ。
「その通りですよ。攻守、どちらの立場であっても情報は大事だということです。第一王子殿下へお渡しした情報は彼が有効活用なさるでしょう」
「有効活用……」
「ええ。いつ、どのような形で名前を使われたのか。レオン・バッハの証言がありますから、名誉棄損で学院を訴えることができます。同時に、新聞社が持っている情報を他の貴族に開示することで、彼らにも恩を売ることが可能ですから」