快適(?)ですわ、お兄様 5
「これも少し考えれば分かることだ。学院の中のことは、生徒たちが思っている以上に、外に知られている。社交界はもうずっと以前から、始まっているからね」
社交界で物を言うのは、家柄でも、財力でも、美貌でもない。あるに越したことはないが、絶対条件ではないそうだ。社交界で物を言うのは、『招待』と『拒絶』という2枚のカードを巧みに使い分ける政治力。そこに、好悪の個人感情は不要……なのだとエル義姉様から聞いた。
「社交界はとても狭い世界だからね。どこの誰がどんな振る舞いをしたのか、ということはすぐに広まる。つまり、学院でスーをいじめている生徒についても、エル義姉さんは把握しているということだ」
「……? ……! まさかっ……?!」
「そのまさかだね。後期生の貴族は全部で30人程度だったかな? リチャード殿下を始め一部の方々には配慮するそうだけど……その他は全て『拒絶』カードを切るそうだ。もちろん、アデラー子爵夫人も」
「そんなことをして、大丈夫なのですか?」
何だか、大事になってない?! わたしはただ、いじめのない、普通の生活がしたかっただけなのに、まさか社交界まで巻き込むことになるなんて……。
「そこは心配ない。いつまでも『拒絶』し続ければ、逆に弱体化を招きかねないから、そのあたりの匙加減は心得ていらっしゃるよ。その目安になるのが、あちらからの正式な謝罪だろう。謝罪されたら、表面上は許さざるを得なくなると思う。スーには申し訳ないけどね」
「そのようなお顔をなさらないで下さいな、シール兄様。わたしだって、貴族の娘です。本音と建て前を使い分けるくらい、できますわ」
たかだか30人程度と仲良く出来ないからと言って、落ち込んだりはしない。
本当に仲良くできる相手は、これから通うイツィンゲール女学院で見つければよいのだ。
「女学院の卒業生は、逞しい方ばかりだから、仲良くできるんじゃないかな?」
「シール兄様、女性に逞しいという言葉を使うのは、どうかと思いますわ」
いただいたパンフレットには『自らの足で立つ女性は美しい』と書かれていた。
このキャッチコピーから想像できる通り、女学院の授業内容は、学院よりも充実している。
わたしが通っていた学院、正式名称はセールヴィ学院と言うのだが、この学院は昔ながらの伝統を重んじるせいか、女子教育はかなりいい加減なのだ。それが良いか悪いかは、人によって評価が分かれるところだと思う。
頭のいい女性を魅力的に思うか、煙たく思うかは、人の好みによるものだ。
「なら、元気な女性と言い換えよう」
女学院の卒業した女性は、どこでも生き生きとしているから、とシール兄様は笑う。
「わたしもそうなれるでしょうか?」
「それは、スーの頑張り次第かな? そろそろ、合否通知が来てもいい頃だ」
「はい」
エル義姉様から、女学院への編入を勧められてから3日後。わたしは、女学院へ編入試験を受けに行っている。その後、女学院の見学もさせてもらった。
わたしとしては、すっかり女学院に通うつもりでいるのだが……不合格通知が来たら、通いたくても通えない。
「心配しなくても大丈夫。学習意欲のある生徒を不合格になんてしたりしないよ」
「だと良いのですが……」
こればっかりは何とも。
「後ろ向きになるのは良くないな。何もかもうまくいくさ、きっとね」
「そうですよね。ええ、その通りですわ。シール兄様がいて、ヴィンス兄様とエル義姉様もいらっしゃいますもの。怖いものなんて、なんにもありませんわ!」
「……ライの名前は出てこないか……」
「何かおっしゃいまして?」
「いや、何でもない。それより、さっきの続きなんだが──」
「続き……ですか?」
はて? 何の話だったかしら? わたしが答えにたどり着くよりも早く、シール兄様は人差し指を一本立てて、
「ヴィンス兄さんは、学院の醜聞を新聞に暴露させた。エル義姉さんは、今シーズンの社交界から令嬢たちを締め出した」
次に、中指を立てる。
そして、薬指。
「僕はアミュレットのレシピ使用期限の更新をしないことにしたんだ。それから、ヴィリヨ商会の国内での新規取引は全て中止。小売販売だけ、細々と続けようかと思っている」
「は?」
それって……アカンやつでは……?




