快適(?)ですわ、お兄様 4
「あぁ、すまない。怖がらせてしまったな」
「いえ……お怒りになるのももっともなことだと思いますので……」
怖いけど、嬉しく思っているのも本当。体の力を緩めながら、わたしは兄様へ笑いかける。
ライオット様の王子殿下への抗議については、2度3度と行われたのだが、そこは手紙という手段の弱さ。なんと、途中で握りつぶされていたらしい。
王子殿下へ抗議していたことを、シール兄様は知らなかったので──ライオット様がレオン・バッハの問題だからと、兄様には内緒にしていたらしい──ヘルメス便を使わなかったそうだ。
「ですが、シール兄様? 一度、かけられた疑いは簡単に払拭できるようなものではないと思うのですが……。王族のスキャンダルなんて、一部の人間にしてみれば、格好の餌食と言いますか……」
「面白おかしく囃し立てられるネタではある。ただし、それは圧力として使われたのが、王族だけだった場合だ。今回は、公爵家から男爵家。場合によっては騎士爵や准男爵あたりまで、名前が使われているらしいから──」
「そんなに? 無節操に使われていたのですか?」
信じられない。目をまん丸に見開けば、シール兄様は面白そうに笑い、
「言ったろ? 『さる高貴な方』もご存知だって」
「あぁ、つまり脅迫された方々は皆さん、ご自分が思い当たる『高貴な方』を思い浮かべられたわけですね。仮に訴えられたとしても、学院側はそちらが勝手に誤解しただけだと言い逃れするつもりだったと──」
「おそらくは。でも、王族から勝手に名前を使ったようだが、どういうつもりだと言われれば、どんなに言い訳したって無駄だろうね。しかも、他の貴族からも同様の抗議が来るんだ」
「反論すればするほど、余計な反発を招いて評判は悪化の一途をたどるばかり──」
学院の歴史もこれまでかしら?
「卒業生への圧力事件に対応に加えて、生徒へのいじめ問題の対応もある。学院ぐるみで、生徒をいじめているというのだから、これはこれで大問題だ」
確かに。
「ですが、一部の生徒へのいじめに王族が関与しています」
その被害者であるわたしが言うのだから、間違いない。ただ、直接いじめて来たのかというと、そんなことはない。ただ、彼は自分の影響力を分かっていなさすぎる!
彼とは、第三王子リチャード殿下だ。ぷち脳筋の俺様系。人の話を聞かないと言うか、思い込んだら一直線、というところがある。
リチャード殿下は、カサンドラの話を聞いて、わたしが彼女をいじめているのだと信じて疑っていないようなのだ。彼は、妹をいじめるような女は最低だ、とか何とか。
要するにわたしのことが気に入らない、というような発言をしたらしい。
それを聞いた周りの人間が、殿下が嫌っている相手と親しくするのは良くない。話しかけないようにしよう。殿下に嫌われているような人間が、学院にいていいのか。──というような感じで、いじめに発展していったのだろう。
「僕はね、手紙でジェラルド殿下にお願いしていたんだ。スーとリチャード殿下は同い年だから、顔を見たら声をかける程度には気にかけてやってもらえませんか、ってね」
「入学した頃は、皆さん普通に接して下さっていました」
学院は、前世で言うところの中学校から始まる。通えるのは、上流階級の男女と上層中流階級の男女。入学年齢も、12~16くらいまでと一律ではない。
学院は学びの場であるので、勉学も大切ではあるが、それと同じくらいに人脈づくりが大切だとされている。何をするにも、人脈というものが大きくものを言うからだ。
「それが段々と疎遠になっていって…………」
学院は前期と後期に分かれ、それぞれ3年ずつが当てられている。前期生が中学生、後期生が高校生のことだ。
わたしが、ほぼ完全につま弾きにされるようになったのは、後期生になってから。
「どうしてこんなことになったのでしょう?」
何度も繰り返してきた、何故? どうして? その裏側には、何故『カネ花』のストーリーと違っているのか、という疑問もあった。
「さあ? ごめんね、スー。僕は、君と違っていじめの理由なんてどうでもいいんだ。どんな理由であれ、スーを傷つけたことに変わりはないからね」
シール兄様、怖い、怖い。微笑んでいるように見えて、その実、ものすごく怒っていらっしゃいますよね?! 背中に火山と鬼が見えます。溶岩流に乗ってお城まで殴り込みに行きそうな、おっそろしいのが見えますからぁっ!
「例え、王子と言えども、地面に額をこすりつけて謝る程度では許してやらないよ?」
「は? あ、あの……何をさせるおつもりで……?」
一介の、爵位を継いだばかりの若造(失礼)に、一体何ができるとお思いで? ホーネスト伯爵家もダンジェ伯爵家も、政治的な発言権はそれほど強いものではありませんよね?
「大体ね、少し考えれば分かることが何故分からないかな? カサンドラだっけ? 彼女がホーネストに引き取られた頃、僕はもう家にいなかったんだ。僕が言う『妹』は、それまで家にいた『妹』のことに決まっているじゃないか」
リチャード殿下は、どちらか一方に肩入れするのではなくて、平等に接する、あるいは適度な距離を置くべきだったと、シール兄様は言う。
「僕らはね、怒っているし、呆れてもいるんだ。学院は、外へ繋がっているんだよ?」




