快適(?)ですわ、お兄様 3
「王族も知っていたのなら、何故、今まで放置をしていたのですか?」
「掴んでいたと言っても、それはつい最近のことだから。ぶっちゃけて言うと、僕たちが帰国してからの話だ」
遅っ! だって、5年前に脅された~って、記事には書いてありますよ!? ぱっか~んと口を開けるわたしへ、シール兄様はヒョイと肩をすくめて見せた。
「まず、僕とライはジェラルド殿下と面識があるんだ。僕らがツアーに出るまでの短い間だったけれど、何度か殿下とお話をさせていただいたこともある。学院の同期なのでね」
入学とほぼ同時に法具のレシピ登録をして、お金を稼ごうとした貴族の次男。
レオン・バッハという有名な傭兵団出身の生徒。
王子という立場を使えば、出会えないこともないけれど、立場を使わないのであれば、なかなか出会うことのない人材。毛色が珍しかったのだろうと、シール兄様は笑う。
「ご学友扱いされるほど、親しくはしなかったけれど、僕らがツアーに出る時には、餞別を下さったし、学院を離れてからも細々と繋がっていたんだ」
「ということは、ジェラルド殿下にとって、シール兄様やライオット様は知人以上友人未満と言いますか──」
「違う視点で物事を見ることができる、貴重な情報源の1つと言ったところだろうね。僕らとしても、殿下との繋がりはありがたいものだよ」
コーヒーカップを口に付け、シール兄様は言葉を区切った。わたしはバターを塗ったトーストを口に入れる。
「あぁ、先に朝食を済ませてしまおうか。ミセス・フェローの料理は冷めても美味しいけれど、冷めないうちに食べられるなら、それにこしたことはない」
「そうですわね」
ということで、まずは朝食に専念する。ミセス・フェローは、兄様が雇った料理人だ。いちいち比べるのも、性格が悪いような気がするけども……使用人の質はダンジェ伯爵家の方が上だわ。何をするにしても、キビキビしているし、こなした仕事の結果も申し分ない。
「はぁ……。わたし、ミセス・フェローのせいで太りそうです」
「それは、褒め言葉にしかならないよ、スー。運動がしたいなら、牧場へ行って思う存分、動いておいで。よく食べて、よく動く。健康的な生活じゃないか」
「レディーに、日に焼けておいでと勧めるのはシール兄様くらいのものですわ」
確実に効果のある日焼け止めって、この世界にはまだないのよ。
「レディー方はもう少し動くべきだと思うんだが……そんなことを言ったら、次の日にはたちまち悪者になっていそうだ」
「その通りですわ。ですから、ここだけの話にして差し上げますわ」
肩をすくめる兄様へ、すまし顔で言ってみせたら「そうしてくれ」と笑われてしまった。
さて、美味しい朝食をしっかりいただいたので、話を再開させる。わたしの膝の上には、何故かトールシァールが1匹、真っ白なコが乗っかって、ふわぁと大あくび。
「タイミングが悪かったというのもあるんだろうが、僕らがツアーに出てから、半月後くらいに、学院からレオン・バッハへ採取依頼があったらしい。学院から依頼があったこと自体は、別に構わないんだ。知名度アップにも繋がるし、社会的信用も上がるからね。問題はその依頼料──あまりにも安すぎて、この値段では引き受けられないと突っぱねたらしい」
何の採取依頼かは知らないけれど、レオン・バッハという大きくて名前の知られた傭兵に依頼を出すのであれば、相応の内容になるし、依頼料もお高めになる。
「ところが、学院側が『ライがこの価格で引き受けると請け負ってくれている。このことは、さる高貴な方もご存知なのだぞ』と言ってきたらしい。本当にライがそんなことを言ったのかと、本人に確認しようとしていた矢先、ジェラルド殿下から『学院からの依頼には、出来る限りの便宜をはかってもらいたい』というお達しが来てしまった」
「まあ……! それでは、ライオット様が言ったかどうかなんて、関係ありませんわね」
「その通り。ジェラルド殿下の言う『出来る限りの便宜』というのは、あくまで常識の範囲内。優良顧客への配慮程度のつもりだったそうだが──」
「レオン・バッハでは、ジェラルド殿下のお言葉を、学院の要求を呑むように言っているのだと受け取ったと──」
「そういうことだ。話を聞いたライが手紙でジェラルド殿下へはお伝えして、殿下も学院に注意はなさったようなんだが──効果はなかったようだ。帰国したライが改めて、殿下へ話をしたところ、まさか、自分の名前がそんな風に使われているとは、と大変お怒りになられた」
「注意を無視されたのだから、不敬に当たりますもの。当然ですわ」
学院側は「殿下の名前は出していない」と主張。では、『高貴な方』とは誰の事かとたずねれば、そのようなことを言った覚えはないとすっとぼけられたらしい。
全く! 何て図々しい。一体、王族を何だと思っているのでしょう!
「まあ、そういうこともあってだな? 穏便に済ませることはできなくなったわけだ。ふふっ」
ふふっ、て。わ、笑っているけど、目が笑ってない。腸が煮えくり返っていますと、全身で語っていらっしゃる……わたし、蛇に睨まれた蛙の気分だわ……。




