快適ですわ、お兄様 2
裾に花の刺繍が施されたアイボリーのテーブルクロス。
その上には、トースト、目玉焼き、ベーコン、ボイルされたソーセージ、ハム、サラダ、ヨーグルトと、カットされたイチゴとキウイ、グレープフルーツが並んでいる。
今日もボリュームたっぷりの朝食だわ。でも、美味しいから、ついたくさん食べてしまうのよね。
「お嬢様、お飲み物はいかがなさいますか?」
給仕をしてくれるのは、執事のミスター・ガーナー。背筋がピンと伸びていて、凛々しいお顔立ちの渋いオジサマなのよ。彼の傍らには、ミルク、コーヒー、紅茶、グレープフルーツジュースが用意されていた。
「そうね、紅茶をいただくわ」
「かしこまりました」
この待遇も、ホーネストの家ではありえなかった。ミルクとトースト、それに茹でたジャガイモの乱切りが2つ3つ。いつも代わり映えのしないメニューばっかりだったわね。
ミスター・ガーナーが淹れてくれた紅茶は、とても良い香りがする。茶葉そのものが良いということもあるのだろうけれど、彼の淹れ方が上手い、というのもあると思うの。
「ん、美味しいわ」
ティーカップは、可愛らしいイチゴ柄。ダンジェ伯爵家、今月はイチゴ推しらしい。テーブルに用意されている取り皿もイチゴ柄だもの。よく、この家にあったわね。
「ミスター・ガーナー、コーヒーのお代わりを」
「かしこまりました」
コーヒーカップをテーブルに置いたシール兄様は、広げていた新聞を畳み始めた。
「シール兄様、何か面白い記事でもありまして?」
トーストにバターを塗りながら、シール兄様へたずねたら
「あるよ。1面トップだ」
面白そうに、どこか悪だくみが成功したような雰囲気を漂わせながら、兄様が笑う。とんと指さした新聞の見出しは──
『陰険! 学院ぐるみで生徒いじめ! 卒業後も続く、生徒搾取の実態!! 王族も関与か!?』
………はい? え? ちょ……どういうこと!? シール兄様がテーブルに置いた新聞をひったくるようにして掴み、わたしは新聞記事に目を通していく。
内容は、見出しの通り。学院で起きたいじめ問題のことだ。
わたしのことも「某貴族令嬢」として取り上げられているし、在学中の下位・法衣貴族や平民たちへの公平さを欠いた、教師の態度など。
それ以上に大きく取り上げられているのは、王族や高位貴族の名をチラつかせて、各方面で働く卒業生に便宜を図るよう圧力をかけたり、法外な割引を要求したりしたことだ。
…………マジで? え? いや……こんな事件『カネ花』にはなかった……んだけど? なかった……ハズよね? え? あれ? わたしが覚えていないだけ?
「あ、あの……シール兄様……」
一体、何があって、こうなったのか。得意げな顔をしているから、絶対にシール兄様が関係しているに違いないのだ。
キリキリ白状して下さいな! という強気なわたしと、聞きたくないような気もする弱気なわたし。半々の気持ちでいるから、兄様の顔を見るわたしの顔は、おかしなことになっているに違いない。
「スーは何も気にすることはないよ。記事の内容は、一週間やそこらで捏造できるような内容ではないだろう?」
「は、はい」
例えば、税関で働いている卒業生に、税金のごまかしや書類手続きの簡略化などを要求したり、酷いものになると輸入規制のあるものを見逃すように言ったり。騎士団や役所で働く卒業生に、学院の生徒を優先的に採用するよう働きかけたり、あるいは内部情報の提供を要求したり。商家出身の卒業生には、原価近くまで値下げするように言ったり、試供品と称して品物を無償で提供するように呼び掛けたりなど。その内容が、何年にどこそこで、これこれこういうことを要求した、とかなり具体的なのだ。
「──もしかして、この新聞社は学院のことをずっと調べていたのですか?」
「正確に言うと、この記事を書いた記者だね。彼も卒業生で、友人が被害に遭った商家で働いていたらしくてね……こんなことが平然とまかり通って良い訳がない! って、地道に取材を重ねながら、暴露する機会を虎視眈々と狙っていたらしいよ」
「ですが、王族の関与も疑われるなんて、書いてしまって良かったのですか?」
「事実だからね。ただし、王族が関与しているのはスーへのいじめだけだ」
早ければ今日の午後にも、卒業生への圧力に王族の名前が直接使われた事実はないと、発表があるそうだ。これは新聞社の方からも訂正が入る予定。
「ヴィンス兄さんの勤め先がどこかは、スーも知っているだろう?」
もちろんだ。ヴィンス兄様は、お城の広報室で働いていらっしゃる。つまり、わざと王族の名前も出した、ということ。
「卒業生への圧力に関しては、王族も掴んでいたんだよ」




