兄たちの妹には内緒の話(シルベスター視点) 3
「ところで、今後の方針なのだが──父上たちには隠居してもらおうと思っている」
「その方が良いでしょうね。特に出費を抑えなければ、経済状況は上向かないでしょう」
4年前の大雨による被害で、ホーネスト伯爵領は橋が流されるなど、大きな被害を受けたと聞いている。橋の架け替え費用の一部は国から補助が出たそうだが、全ての橋を架け替えられるほどの費用はなかったらしい。それなら、商人や地主に寄付を募れば良いものを、父は「みっともない」と切り捨て、借金をする道を選んだそうだ。
借金したことを責めるつもりはない。金は天下の回り物。それで、領内の経済が上手く回るのであれば、借りたらよいのだ。
問題は、「ホーネスト伯爵領」が借りたのではなく、「ホーネスト伯爵家」が借りたことになっている点。加えて、母の金銭感覚が借金を背負う前のままだという点。
先日、帰国の挨拶をしに行った時に、執事のバーロウから「実は……」と相談されたのだ。ヴィンス兄さんにも報告しているのだが、僕の耳にも入れておきたい、ということだった。
「シルベスター様。1つお伺いしてよろしいかしら?」
「はい、何でしょう」
猫饅頭たちと戯れることに夢中になっているものとばかり思っていたら、気付かぬ内に義姉が側に来ていた。彼女は腕の中に、桜餅(灰桜色の毛並みのトールシァール)を抱いている。顎の下を撫でてもらっている桜餅は、ナゴナゴと気持ちよさそうに喉を鳴らしていた。
「スーの結婚相手について、です。あなたの娘になるのなら、当然、あなたが結婚相手をお探しになるのですよね?」
「えぇ、まあ……そうですね」
男は晩婚でも問題ないとされているが、女性は出産の兼ね合いもあるので、早いうちに嫁ぐべきだとされている。適齢期は20歳前後。20代も半ばを過ぎれば、何か性格に問題があるのではないかと、噂されかねないのが貴族社会というものだ。
「ですが、スーはまだ若いですから、急ぎませんよ。エル義姉さんの頭の中の候補は、僕の候補でもありますが……」
言葉尻をぼかすと、義姉さんは「まあっ」と嬉しそうに顔をほころばせる。その後ろにいるロアは「本当に良いのですか?」と、少々懐疑的。僕は思わず苦笑い。ロアの、アイツに対する評価は厳しすぎる。ヴィンス兄さんはというと、ほんの少し眉を持ち上げ
「それは、今この場にいない彼のことで良いのかな?」
「ええ」僕がうなずけば、エル義姉さんも
「その通りですわ」とにっこり笑う。
「ですが、本人同士の気持ちを無視して事を進めるつもりはありません」
僕もヴィンス兄さんも恋愛結婚だ。ロアとはまだ正式に結婚した訳ではないけれど、僕の中では彼女は妻も同然の存在だ。政略なんて関係ない。僕は、僕の好いた相手と結婚する。
ヴィンス兄さんとエル義姉さんは、職場恋愛だ。兄さんは伯爵家の長男で、義姉さんは子爵家の令嬢。身分的、政略的にも何の問題もないので、結婚はスムーズだったと聞いている。2人が出会い、お付き合いを始め、結婚に至るまでの間、僕はツアー中で外国にいたからね。
ちなみに、エル義姉さんと会うのは今日でまだ3度目だ。
「気持ちの伴わない結婚なんて、出来る限り避けた方が良いに決まっています」
「結婚相手を探すことも大事ですが、まずはステラ様の名誉を回復することの方が大事なのではないでしょうか? このままでは、社交界にも身の置き場がないのでは──?」
「ええ、分かっているわ。先ほども少し話したけれど、そろそろデビュー前の準備を始めても良い頃なのは確か。ねえ、シルベスター様? スーにドレスを用意して下さる?」
「もちろんですとも。まずはお茶会用のドレスを2~3着で構いませんか?」
必要なのは、それだけではなくて、普段着や下着なども用意しなくてはならない。もちろん、着替えを調達してくるようにとは、指示を出している。
「そうね、と言いたいところだけど、春の舞踏会をお忘れかしら? 早さとタイミングは、とても重要なポイントでしてよ? 今、仕掛けないとパンチが弱くなりますわ」
パンチときたか。社交界の攻略は、エル義姉さんの方が1枚も2枚も上手だ。ここは、素直に従うべきだろう。ただ、春の舞踏会まで約2週間。ドレスを仕立てる時間が……
「クッキーとサバランに頼むしかないか。頼んでおいたロアのドレスは仕上がる頃だろうし──2人なら、僕も安心して頼める」
クッキーは女性のリス獣人。サバランは人間のオネエ。はじめは面食らったが、慣れるのは早かった。前世でオネエと呼ばれる人たちと話すことがあったおかげだと思っている。
「贔屓の仕立て屋がありますの?」
「ライの傭兵団にいる仕立て屋です。僕の服もそうですが、ロアの服も引き受けてくれているので、頼みやすくて。スーの普段着も頼もうと思っています」
「グロリアさんの服を仕立てているのなら、期待できるわね。ただ、スーはまだデビュー前ですもの。あまり目立ちすぎるのは良くないから、そこは気を付けて下さる?」
「もちろんですよ」
目立ちすぎず、控えめすぎず。バランスの見極めは、しっかりやりますとも。