兄たちの妹には内緒の話(シルベスター視点) 2
誤字報告ありがとうございました。訂正いたしました。
僕とヴィンス兄さんの視線の先では、今も嫁と兄嫁がトールシァールと戯れている。ただ、話題がいささかずれて来ていて……
「大福、豆大福、黒ゴマ、きなこ……」
「栗と草餅、桜餅。そっちの白に茶色い毛が混じっている子は、みたらしですね」
僕が体毛の色や生え方でどう呼んでいるか、になっていた。
「ずいぶん変わった分類の仕方なんだな」
「いえ、単に見た目が似ているのでそう呼んでいるだけなのですが……」
トールシァールを猫饅頭と呼んでいることもそう。まん丸な体型が、饅頭に似ている猫。だから、猫饅頭。我ながら、そのままのネーミングである。
そんな僕には、地球にある日本という国で、専業で食べていける程度には売れていた物書きとしての記憶があった。冴えないオッサン作家は、和菓子党。自分で作ったりもしていたので、餡の作り方を始め、練り切りやどら焼きなど、和菓子の作り方はばっちり覚えている。近いうちに必ず、再現してみせ……おっと、そうじゃない。話がそれた。
「母チェルシーが亡くなってから、父が継母と再婚するまで、1年半くらいか。ヘレンおばあ様たちは、ずいぶん反対したそうだよ」
「それはそうでしょう。散々悪く言っていた相手が儚くなったとたん、その夫に近づき、嫁入りしたとなれば、社交界のおしゃべり雀たちが黙っているとは思えません」
なんせ、それまでの行状が悪すぎる。
「その通り。ホーネスト伯爵の妻の座を手に入れるため、先の伯爵夫人を呪い殺したのだと、囁かれたらしい」
『若さ』の一言で片づけてしまうには、あまりにも短慮と言える。しかし、周囲から反対されればされるほど、恋心というものは燃え上がってしまうもの──らしいから、ばあ様たちの忠告も、母は聞く耳を持たなかったのだろう。
「考えなしなのは父も同じだが──ただ、喪が明けるとすぐに後妻を娶る貴族は少なくないからな……強い批判にはさらされなかった。どころか、継母が変なまじないをかけて、心を操っているのではないか、という噂まであったらしい」
「……おしゃべり雀は、本当に好き勝手なことを囀りますね」
ヴィンス兄さんも、僕と気持ちは同じのようで、鼻から息を吐きつつ肩をすくめた。
「それで、先妻を呪い殺して後釜に座ることに成功したという、噂は母の耳に?」
「ああ。お前が生まれてしばらく経った頃に、ヘレンおばあ様へ、自分はチェルシーを呪ったりしていない、と涙ながらに訴えて来たらしい」
「何をやっているんだか。ばあ様に言ったところで、無意味でしょうに」
我が母ながら、浅はかすぎて呆れてしまう。ばあ様がいくら「娘が人を呪えるわけがない」と発信したところで、言い訳にもならない。
噂は、出始めに収束させないと意味がないのだ。どんどん広がり、尾びれに背びれがついて、とんでもない話になっていることも珍しくない。まして、母は先妻の悪口を言いふらし、自ら悪評の種を蒔いていたのだ。完全に、自業自得だろう。
それに自分のことを悪く言われて、気にせずにいられるかどうかは本人にしか分からない。悪口で心に傷ができ、精神的な病を患う可能性だってあるのだ。
口から発せられる言葉は、時に下手な呪いよりも効いてしまうものである。
「それでも、社交界の話題は目まぐるしく変わっていく。半年も経てば、誰も噂などしなくなるが、継母の心にはずっと引っかかっていたのだろう」
悪い噂を払拭することもできずに、噂そのものが風化した。
社交界のおしゃべり雀たちにしてみれば「そんな噂もあったわねえ」で終わるのだろうが、噂された本人の心には、澱みのようにずっと残っていたのだろう。
「心の澱みが浮上してきたのは、スーが生まれたからですか? でも、何故?」
「スーは、母に似ているらしいよ。1つ1つのパーツを見れば、それほど似ている訳ではないのに、雰囲気はそっくりなんだそうだ。継母の実家ダンジェ伯爵家と母の実家アッカーマン子爵家は、遡ると血の繋がりがあったようだから、似ていても不思議はないが……」
過去に血の繋がりがあったからと言って、似るものだろうか? という疑問は残る。ヴィンス兄さんが言葉を濁したのも、そういうことだろう。
「継母は、チェルシーが自分に恨みを抱き、呪っているのだと思ったらしい。だから、スーを遠ざけたし、伯爵家の紋章が浮かぶアミュレットを持つカサンドラに食いついた」
自分は呪われてなどいない、と信じたいために、多少の違和感には目を瞑り、伯爵家の紋章が浮かぶアミュレットを持つ娘、カサンドラこそが自分の娘だと思い込んだ。
「愚かしく哀れだとは思いますが……同情はしません。父やカサンドラという娘にも──」
両親と彼女にも、言い分はあるだろう。しかし、それを聞かされたところで、共感できるかどうかは別の話だし、共感できそうにないというのが、僕の正直な感想だ。
イジメ、ダメ。絶対。そんなキャッチコピーをどこかで聞いたような気がするが、要はそういうことである。人を使う立場にいるのだから、自分の影響力というものを理解してもらわなくては。ただ、偉そうに言える身ではないので、そのことは口にしないつもりだ。