期待が高まりますわ、お兄様 3
誤字脱字、訂正いたしました。ご報告、ありがとうございます。
兄夫婦が、ウサギちゃんたちの虜になっている横で、わたしはトールシァールを触りまくっていた。お饅頭のような体型は、そのほとんどが体毛で、実際のボディは割と小さめのよう。
「お風呂にいれたら、激やせしそう……」
「雨の日のこいつらはな、そりゃあもう貧相なもんだぜ」
「ライオット様」
わたしの独り言を拾って答えて下さった彼は、思い出し笑いで、顔をくしゃっと歪めていた。ほんと、ライオット様ってば、笑ったとたんに雰囲気がガラッと変わるのよね。
わたしがライオット様と出会ったのは、4歳の時。シール兄様が、家に連れて来た彼を紹介して下さったのだ。
初めは、体の大きなライオット様にびっくりしたけど……彼は「そんなに怯えないでくれよ」と言いながら、わたしの体をひょ~いと持ち上げ
「人間の子供ってのは、ちっちぇえんだなあ」
「何で君は、そんなにあっさりとスーに肩車ができるんだ」
「そりゃ、筋肉の差だろ。筋肉の。後、慣れもあるかもな。ウチのガキどもはウルセエから」
ライオット様とシール兄様は、そんな会話をしていたらしい。
わたしはというと、目線が大きく変わったことに驚いて、次に大はしゃぎしたそうだ。そりゃあね。いつも見上げているシール兄様を見下ろせたら、嬉しくてたまらないでしょうよ。
それがきっかけで、わたしはライオット様に親しみを感じるようになってしまった。彼は、わたしみたいな小さな子も邪険にすることなく、とても可愛がってくださったのだ。
5歳のお誕生日には、ライオンのぬいぐるみを頂いたのだけど──
「何で、ライオンなんだよ!? クッキーのヤツ、勝手に注文変えやがって!!」
「ええっ!? クッキーがちゅーもんを かえちゃうの?! そんないたずら、するの!?」
誕生日会のお茶菓子として用意された、テーブルの上のクッキーをむむむとにらみつけるわたしに、シール兄様たちは大笑い。
ヴィンス兄様にも「スー。クッキー違いだと思うぞ」と笑われる。
「クッキーってのは、ウチの針子見習いの名前だよ。リスの獣人なんだ」
と、ネタ晴らしされて、わたしは恥ずかしい思いをしたものだ。
本当に、ライオット様には幼い頃から良くして頂いた。シール兄様と一緒にグランドツアーに行かれた後も、折々にお手紙を下さっていたので、わたしも手紙を差し上げていた。
わたしの記憶にあるライオット様と、今目の前にいるライオット様。覚えているよりも、もう一回り体格が良くなったような気がするし、何より、右目の上を走る十字傷。ツアーに出かけられる前には、なかったものだ。
「……あ、すみません、ライオット様。お祝いを申し上げるのが遅くなってしまいました。アゲート男爵位を授与されたこと、お祝い申し上げます」
「あぁ、わざわざありがとうな。──っと、昔みたいに頭を撫でる訳にもいかねえか。もうすぐ、成人するんだ。ステラって呼ぶのも、もうお終いにしなくちゃな」
確かに一般的な慣例に従うなら、わたしが成人したら、レディ・ステラ=フロル・ホーネストと呼ばれることになる。あ、シール兄様の養女になるのだから、レディ・ステラ=フロル・ダンジェになるのよね。まだ、ちっとも実感がないけれど。でも──
「いいえ。今まで通り、ステラとお呼びください。その……その代わりと言っては何ですけれど、わたしも今まで通り、ライオット様とお呼びしていても構いませんでしょうか?」
ライオット様を正しく呼ぶなら、アゲート卿もしくは、アゲート男爵閣下となる。
「構わねえよ。あぁ、そうだ。シールの娘になるんだ、牧場を案内してやろう。お前も兄貴の頭のネジがち~っとばかり、おかしいってことを理解しておいた方がいいだろうからな」
そう言うライオット様のお顔は、悟りを開いたような、何かを諦めたような不可解なもの。
「……えっと、それはどういう……?」
人の兄に向かって「頭のネジがおかしい」とはずいぶんな言い草である。ただ、キャビネでのことがあるので、「酷いです!」と彼を非難することはできない。
「あ~、まあ……そのままの意味だ」
こればかりは、口で説明しても分かりづらい、実感するしかないとライオット様。
来い来いと手招きされた先には、透明どこでもドア。促されて、ドアをくぐれば──
「っな!? どっ……どこですか、ここっ?!」
目の前にあるのは、雲と空! 太陽の光がギラギラと眩しくて、帽子を被っているのに、目が痛いくらい。足元は、むき出しの岩肌なんだけど、幅が! 幅が物凄くせまくて、人1人がようやく通れる程度。ライオット様が手を引いてくれているので、何とか立っていられるけれど、1人だったら、絶対にへっぴり腰になって、その場に崩れ落ちているに違いない。
「山脈の中にある山の1つの頂上だな。何ていう名前の山なのかは知らねえけど。シールは、薬草山って呼んでる。左手の方は、俺たちが住んでいる方。右手の方は、山向こうだな」
「……! 山向こっ……!」
山脈を越えると何があるのかなんて、考えたこともなかったわ。えっ?! でも、ここに来ることができるということは、シール兄様は山脈を越えた、ということ!?
目をくわっ! と見開いてライオット様を見れば、うむと頷いたのだった。




