お久しぶりです、お兄様 2
館の前で兄夫婦と出会ったこともあり、シール兄様の館へはスムーズに入ることができた。館の中が博物館みたいになっていて、ちょっと驚いた。エル義姉様も、
「変わった趣味ねぇ。こちらの絵は素敵だけど、この石の置物はちょっと…………」
三葉虫の化石っぽいですね。その隣はアンモナイトかしら? 義姉様が素敵だと言ったのは、ポピーのボタニカルアートだ。わたしは、この大きな観葉植物も素敵だと思う。
壁にはボタニカルアートの他に蝶やトンボの標本が飾られていた。コレクションボードには、化石や鉱石標本、それから動物の牙っぽいものなどが、並べられている。
それら、シール兄様のコレクション(?)を物珍し気に眺めながら階段を上り、次兄のいるキャビネへ案内された。
「少しここで待っていてくれるかい?」
「もちろんですわ、ヴィンス兄様」
正式に訪問する予定だった長兄夫婦と違って、わたしはイレギュラーだもの。来ていることをシール兄様に報告して、会って下さるという返事をいただいてからでないと、お会いできない。
2人が先にキャビネに入り、待つことしばし。すぐにドアが開き、部屋の中へ招き入れられた。
「ご無沙汰しております。シール兄様」
「驚いた。本当にスーだ。ヴィンス兄さんと一緒に来るなんて、聞いてなかったんだけど?」
「いえ……実は、館の前で偶然……」
言葉尻をごまかして伝える。少し気不味くて、つい、人差し指同士を胸の前でつんつんとつつき合わせてしまう。目も泳いじゃうわ。シール兄様は少しだけ呆れたように笑い、
「偶然って……まあ、いいか。話が早くて助かる」
キャビネには、次兄の他に2人、先客がいた。
1人は、わたしも知っている方だ。シール兄様の御友人、ライオット・エルファイン・バッハ様。獅子の獣人で、とっても逞しい御身体をなさった美丈夫だ。右目は健在ながら、その目の上に十字傷の痕があり、真顔でいらっしゃるとちょっと怖そうな雰囲気がある方だ。
お久しぶりですと挨拶をすれば、ライオット様も笑顔で挨拶をして下さる。この方、笑うと雰囲気がガラッと変わって、人懐こそうなやんちゃな感じになるのよね。
そして、もう1人。この方は、わたしの知らない方だ。先ほど、キャビネのドアを開けて下さったのもこの方なのだけれど……使用人らしくないのである。
お召しになっているのは、ミントグリーンの男性用チャイナ服。プラチナブロンドの髪は、緩めの三つ編みにして垂らしていらっしゃる。はっきり言おう。性別不明の美人さんだ。傾国って、こういう人のことを言うのかも知れない。
「紹介するよ。彼女は、グロリア・リリー・マレフィセント。公私ともになくてはならない、僕の大切なパートナーだ」
「お初にお目にかかります、ステラ様。グロリアと申します」
ま、まあ。女性だったのね。それにしても──
「シール兄様、いつご結婚なさったのです? 公私ともになくてはならないとおっしゃるのですから、生涯を共になさる方だと考えて良いのですよね?」
「もちろんだ。ただ、ロアとはまだ正式に結婚はしていなくてね」
グロリアさんを知っているのは、ヴィンス兄様とエル義姉様、それにわたしだけ。お父様たちやおばあ様には、まだ会わせていないのだそうだ。
「会わせて反対されても、ロアと別れるつもりはないから」
さらっと言ってのけるシール兄様。グロリアさんは「旦那様……!」って、感動で目を潤ませた。勝手にやってろ、と呆れ顔なのはライオット様で、長兄夫婦は「あらあら、ごちそうさま」っていう感じだった。
グロリアさんは、この国の出身じゃないし、身分は平民。だから、反対されるかも知れないことは、シール兄様も分かっているそうだ。それでも、妻にするのは彼女が良いと。
「良いわねぇ、素敵だわぁ。2人の出会いは、さぞかしロマンチックだったのでしょうね」
うっとりとした表情でエル義姉様は言うけれど、グロリアさんは
「いえ……出会いは最悪でした。でも……いつの間にか…………」
何でこんなことになったんだろうとでも言いたげなため息をつく。シール兄様とどんな風に出会ったのか、とても気になる。ぜひとも聞かせて頂きたいわと身を乗り出すものの、
「惚気なんて聞きたかねえから、さっさと話を進めようぜぇ」
いきなり脱線させるなと、ライオット様からクレームが入ってしまった。残念。
ソファーに座るよう促されたので、そちらにすわっ……何て座り心地なの! これ、ふっかふかよ。お尻が沈んじゃうわっ! 驚きが顔に出ていたのか、
「いいソファーだろう?」
シール兄様に笑われてしまった。ヴィンス兄様とエル義姉様は、ソファーの座り心地に感心し、ライオット様は「いいよなあ、これ」と独り言。グロリアさんは、ノックの音を聞きつけて、メイドからティーセットと軽食が乗ったお盆を受け取っていた。