期待が高まりますわ、お兄様
「まあっ。本当に勝手なことをおっしゃるのね」
シール兄様の意見を聞いたエル義姉様は、少し呆れ顔だ。
「勝手は承知だよ。ただ、デビュー前に得られる情報はどうしても限られてくるからね。情報が多いと、逆に自分の視野を狭めることにもなりうるから……」
「それは、男性にも当てはまる言葉ですね。女性の立場で言わせていただくと、デビューして間もないのに、女性のあしらいに手慣れている方は──」
からかってもつまらない、とグロリアさんが肩をすくめた。
とたん、エル義姉様もうんうんと頷き、
「そうね。それは言えるわ。……ということは、男も女もデビューしたばかりの頃に求められるのは、初々しさということね」
コロコロと笑ったので、この話はこれでおしまい。余談にはなるけれど、虹色孔雀の扇は、婚約祝いや結婚祝いとしてお勧めしたいと、シール兄様。妻として、母として、貴族夫人として、様々な顔を使い分けなくてはいけないので──と。
なるほど。そういう……エル義姉様もこれには、納得していた。
「では、エル義姉さんがペットとして飼えそうな魔物がいるところへ行きましょうか」
シール兄様に促され、わたしたちは移動することに。先頭をライオット様が歩き、ヴィンス兄様とエル義姉様、わたし、グロリアさん。一番後ろをシール兄様が歩く。
と言っても、数メートル歩いただけで、すぐに現れる透明どこでもドア。
このドアをくぐると、景色は様変わり。草原から野原のような場所に来ている。草の丈が半分以下になり、ぽつぽつと黄色や白の花が咲いているのも見えた。山がぐっと近くなったし、風は少し強めで、スカートと帽子を軽くおさえながら歩く。
「先ほどの牧場も素敵でしたけれど、こちらも素敵ね。ピクニックには最適な場所だわ」
「今はまだ花が少ないですが、もう少ししたら、咲いている花が増えて、野原一面がもっと華やかに明るくなりますよ」
見ごろは、来週末あたりになりそうだとグロリアさん。移動時間はわずかなので、良ければいらして下さいと、ヴィンス兄様たちを誘っている。わたし? わたしは、シール兄様のお屋敷でお世話になるので、お好きな時にご案内いたしますよ、と言って下さった。
「エイプリル様、ペットにお勧めの魔物たちのたまり場が見えてきましたよ」
先頭を歩くライオット様が、前方を指さした。彼の指の先には、大きな木が何本もあって、その根元あたりで、何かがポンポンと跳ねている。
ちょうど、あのあたりから森が始まるらしい。
「あそこにいるのは、どんな種類の魔物なの?」
「猫饅頭ですね」
「ねこまんじゅう?」
エル義姉様の質問に、即答したシール兄様だけど、猫饅頭なんて種類の魔物がいるの? わたしと同じ疑問を持ったらしい、ヴィンス兄様が何だそれと言いたげな声音で、オウム返しにたずねれば、ライオット様が「アホかっ」とシール兄様の頭をべしっと叩く。
「正式な名前は、トールシァール。コロコロとした猫型の魔物で、時々放電するんです」
グロリアさんが言うと、タイミングを見計らったかのように、バチバチッ! という音がした。何匹かのトールシァールが、放電したらしい。
「放電はかなり強力ですから、小さな子供だと死に至る可能性も考えられます」
「放電する以外は、ただの丸っこいデブ猫なのできちんと契約しておけば大丈夫です。あ、ですが、トールシァールの前でデブ猫発言は、やめておいてください。機嫌を損ねますから」
了解でーす。でも、そういう発言が出るということは、機嫌を損ねられた経験があるのですね。シール兄様。
あの木の下あたりには、ルチルタミアというリス型の魔物もいるそうだ。こちらは、歯が鋭く、すばしっこい。物理特化の魔物。後、尻尾がもっふもふで、伸び縮みするらしい。
「尻尾パンチは、開けてはいけない扉を開けそうになるので、避けて下さい」
「意味が分からん」
ヴィンス兄様は、そうおっしゃるけれど、わたしはちょっと意味が分かったかも。癖になるなよ? ということですよね、シール兄様。
「もしかしたら、グラスラビットもいるかも知れませんよ」
Fランクのウサギ型の魔物なのだとか。転倒という、植物系の法術を使うそうで、
「元々素早いんですが、逃げながら相手を転ばせにかかるもので、小憎たらしいヤツです」
駆け出しの頃は、散々転ばされたものです、とライオット様。体も小さいので、ランクが上がっても、グラスラビットを捕まえるのは難しいのだそうだ。
「……種類の違う魔物が、自然に一か所に集まるなんていうことがあるのか? 見たところ、水場でもないようだが……」
「週に2回ほど、あのあたりで餌をやっているのです。今日は、トールシァールの、明日はルチルタミアの、という風に」
やり始めた最初の頃は、トールシァールだけ、ルチルタミアだけが現れていたのだそうだが、今や種類に関係なく餌場でまったりするようになったらしい。