未知との遭遇ですわっ、お兄様
デッキから下りて、さあこれからどちらの方向に向かうのかしら。そう思い、シール兄様を見ていると、兄様は左の手首を触りながら、数歩──方角で言うと、今の時間帯で太陽があっちにあるから……西の方だわ。西へ数歩移動して──
「へぁっ?!」
淑女らしからぬ変な声を出してしまってごめんなさい。でもね、目の前で起きたことが、まるで信じられないのよ。
シール兄様がしたことを分かりやすく説明するとしたら……そうね。透明のどこでもドアを開けて、ここではないどこか別の場所に行けるようにした、ということでしょう。
これからは、シルえもんって呼んでやろうかしら。
「さあ、どうぞ」
シール兄様が開けた透明のどこでもドアは、日に焼けて黄色っぽくなった草が生える、草原に繋がっていた。兄様に促され、おっかなびっくりドア? をくぐる。
グロリアさんが言うには、さっき牧場へ移動する時に使ったドアと仕組みはほぼ同じなのだそうだ。ただ、さっきのドアよりもセキュリティを強化してあるのだとか。
「皆さまがそうだとは申しませんが、どこから情報がもれて、保護している魔物に何らかの害が及ぶか分かりませんので──」
「そんな顔をしないでちょうだい。外に出してはいけないモノなんて、どこにでもあるものよ。話せる範囲で話してくれたらいいのよ。素人考えは、怖いものだって私もヴィンス様も知っているわ」
「下手に知ってしまうよりは、知らないことの方が良いだろう。それにしても、すごいな」
「檻で飼っている訳ではないんですね」
馬車で10日かかる距離を一瞬で行き来できるようにしてしまったシール兄様だ。牧場から、ここまで同じくらいの距離があっても、不思議じゃない。
「檻で飼うには数が多すぎて……ほぼ放し飼いですよ。餌の面倒もほとんど見ていません」
ランクの高い魔物ほど、放置しているのだそうだ。野性保護区とか自然保護区のようなものかしら? シール兄様に聞いてみたら、それに似ている、という返事。
「──というのも、ランクが高くなると意思の疎通ができるようになるケースが多いので。虹色孔雀もそのケースに該当します」
「魔物とコミュニケーションが取れるのか……! それは、凄いな…………!」
ヴィンス兄様の目が、子供みたいにキラキラと輝いている。もふもふの魔物とコミュニケーションが取れたら……もふもふを心ゆくまで堪能させてもらいたいわ。できるかしら?
「あぁ、向こうから来て下さったようです」
くださった? 敬語を使うような相手がここにいるの?
シール兄様の目線を追えば、森があった。何が来るの? じっと森を見ていると、
「まあっ! 何て美しいのかしら!」
森から来たのは、孔雀の群れ。それも、雄ばかりだと思う。光沢のある青や緑のボディが並ぶ中に混じって、真っ白なボディの孔雀もいる。
1羽、2羽、3羽……左から順に数えれば、全部で10羽もいたわ。
「あれが、虹色孔雀です。真っ白い孔雀は、白雪孔雀と言います」
10羽の孔雀って……いいえ、もっといるわ。真ん中にいる小柄な1羽を囲むようにして、孔雀たちはこちらに近づいて来ているようなのだ。
先頭の真ん中を歩く2羽が止まり、そこを起点として、Vの字になるように他の孔雀が前に進み出る。さらに、真ん中の2羽が、左右へ一歩ずつ離れ──
『久しいな、シルベスター』
孔雀たちに囲まれていた、小柄な1羽。行進の様子から、この1羽が特別な1羽なのだということは、何となく想像できたけれど……まさか喋るなんて!
驚くべきところは、それだけじゃないわよ。男性のようにも、女性のようにも聞こえる声を紡いだその孔雀……ビスクドールのような白い肌の、美しい人の顔をしていたのだ。
「ご無沙汰しております、王子」
シール兄様が、人の顔を持つ孔雀に向かって、頭を下げる。ライオット様とグロリアさんも、頭を下げるものだから、わたしたちも慌ててそれに倣い、頭を下げた。
『良い。面を上げよ。そなたが、人を連れてくるとは珍しいこともある』
孔雀の王子は喉の奥で楽しそうに笑い、『どのような関係だ?』とシール兄様に尋ねた。
「僕の兄夫婦と妹です。虹色孔雀の美しい羽を見せたく思い、連れて参りました」
『なるほど。では、ゆるりと鑑賞してゆくと良い』
王子はピュルピュルと不思議な声で鳴くと、わたしたちに背を向けて、森へ戻って行ってしまった。
後ろに付き従っていた孔雀たちは、その後を追いかけて行ったけど、先頭の10羽はその場に残ってくれた。
それだけじゃなく、1羽、1羽が優雅に歩いてお互いに距離を取る。ドキドキするわ。これから、そのご自慢の羽を広げて見せてくれるのね。
さっきから、ちらちらと見えている虹色の羽が気になって気になって──!
孔雀の王子は、千夜一夜物語で出てきたかと。何分、大昔の事でうろ覚え。青い鳥文庫で、イラストを担当されていたのが、天野喜孝先生だったのは覚えています。




