ついていくのも大変ですのよ、お兄様 2
「魔物需要……ですか」何だ、それ。
「訳が分からない、って顔だな。ステラ。要するに、魔物素材の需要ってのは、どこにでもあるもんだからな。それに、応じられる範囲で応じてるっつーことだ」
なるほど。分かるような、分からないような……。
「例えばですが、虹色孔雀という魔物がいます。七色に輝くとても美しい羽根を持っている魔物です。扇にしたり、ヘアアクセサリーやタッセルに使用したりと人気のある品です」
「けど、コイツがまた凶暴でな。毒の爪を持ってるし、毒の息も吐くんだ。ランクはB」
なので、需要に供給が追い付いていないのが現状なのだとか。ところが──
「この牧場にいるんだよ。虹色孔雀。それも、けっこうな数を飼ってやがるんだ。それで分かったんだが、あの見事な羽は繁殖期に雌へアピールするために生えてくるモンらしい」
「まあ! そうなの?! 虹色孔雀の扇は社交界でも人気があるのよ。孔雀は結婚の女神エマリージェの聖鳥でもあるから、デビュタントを迎えるレディーに贈る人もいらっしゃるの」
お守り代わりなので小さな物ですけれど、とエル義姉様。それは、わたしも知っています。でも、虹色孔雀の扇なんて聞いたことがない。わたしの交友関係が狭いからだろうか。
「虹色孔雀の扇は物によっては、大金貨1~3枚くらいするのよ」
こそっと義姉が教えてくれた。なるほど、それはお高い。あまり聞かないのも納得だ。
「欲しいなら用意してあげるよ、スー」
「えッ?! あ……え~と…………」
シール兄様から、どうする? と目で聞かれたけれど、わたしは「いる」とも「いらない」とも答えることができなかった。
わたしくらいの年になれば、デビュタントももう間近。そろそろ準備を進めても良い頃で、お祝いの品についての話題が出るのも自然な流れなのだと思う。でも、当事者であるわたしとしては、まだまだデビュタント間近という自覚というか、意識がないのだ。
そんなわたしの心情をくみ取ってくれたのか、
「デビュタントのお祝いと言われても、まだ実感はないわよね」
エル義姉様がふふっと小さく笑う。義姉様が言うに、もうすぐデビュタントだわ、と実感がわいてくるのは、親戚や隣人の家の小規模なパーティーや晩さん会などに出席し、夜更かしが許されるようになってから、なのだそうだ。
「それも、もうすぐよ。楽しみにしていて」
「は、はい」
あまり社交的とは言えないわたしとしては、楽しみというよりは気が重いというのが正直なところ。でも、デビュタントという言葉には、惹かれるものがあるのも事実だ。
「では、祝いの品については焦ることでもないし──せっかくだから、見に行くかい? 生きている虹色孔雀を。ちょうど、今は繁殖期だからあの特徴的な羽も生えているんだ」
「え?」
「見られるのかっ!?」
おっとぉ……。意外にも食いついたのは、ヴィンス兄様だった。身を乗り出した兄様は、全員の視線に「すまん」と一言。こんなに興奮するなんて珍しいと思いきや、実はヴィンス兄様、魔物に興味があるらしい。
「その……な……嫡男という立場のこともあるし、私には素質がないようだったから、早々に諦めたんだが……傭兵という職業には、今も憧れがあるんだ」
ヴィンス兄様も、男の子ですもんねえ。今だから言うけれど、自分で旅費を稼ぎ、グランドツアーに出たシール兄様がずっと羨ましかったらしい。
「お前からの手紙は、いつも楽しみにしていたんだ」
「シール兄様のお手紙は、まるで物語を読んでいるようでしたもの。分かりますわ」
下手な冒険小説より、何倍も面白いのだ。〇〇旅行記とか〇〇冒険譚なんてタイトルで、本を出版したら、大ヒットしそうな気がする。添えられたスケッチもお上手だし。
それを言うと、シール兄様よりもライオット様の方が苦い顔をされて、
「あっちに知られるとまずかったり、こっちに知られると面倒なことになったりするんで、それは諦めてもらいてえな……」
「口うるさいのがしゃしゃり出て来そうですね」
うんうんと頷くグロリアさん。──何をしたの、シール兄様。
「論文を書くのに忙しくて、読み物を書く時間は取れそうにないかな」
ちらっとライオット様とグロリアさんを伺えば「そういう問題じゃない」と言いたげな顔をしていた。本当に何をしていらしたの、シール兄様。
「その件はともかく、行きますか? 虹色孔雀を見に──」
「ああ、ぜひ見せてもらいたい」
「生きた宝石とも言われているのですよね? とても、楽しみですわ」
ヴィンス兄様だけでなく、エル義姉様も乗り気のようだ。もちろん、わたしも見てみたい。
虹色孔雀の特徴は、雄が持つ美しい羽だ。この羽が、虹のように七色に輝いていることからその名前がついたのだとか。あぁ、ドキドキするわ。