まだ終わっていなかったのですか、お兄様 2
「……なんだか思った以上に、大きな影響が出ていますね……」
わたしは、普通に生活できればそれでよかったのに……。まさか、こんなことになるとは夢にも思わなかったわ。
「伯爵家の令嬢と王家が絡んでいるのだから、影響が大きいのは当然だろう? とはいえ、学院があそこまで腐っていたとは僕も想像していなかったわけだが……」
セールヴィ学院は、国内外に知られた名門校だったというのに、今やその評判は急落。わたしへのいじめ問題で、我が家は学院を相手に訴訟を起こしている。
わたしが前世の記憶を思い出すきっかけとなった階段落ち。わたしにけがをさせた犯人は、まだ分かっていない。
「……自分がやりましたって、言えませんよねえ……」
「分かっているけどな。犯人」
「え?!」
しれっと答えたのはヘルメスだ。
「学院で、さも天罰が下ったのだと得意げに話していた生徒がいたらしくて、リチャード殿下たちが事情聴取をしたらしい。風の法術で、どんっと押し出したらしいね」
「……それで、その人はどうなったのですか?」
「内定していた宮中伺候は取り消し。家からは勘当されて、どこかの修道院へ入ったと聞いている。今は意気消沈して、ぼんやりしていることが多いらしい。正義の味方気取りの哀れな末路、といったところかな」
シール兄様は肩をすくめ、
「結果論ではあるが、命に別状はなく、後遺症も出なかった。許す理由にはならないがね。とりあえず、訴訟は起こさないでほしいという家族の願いを聞き入れることにしたよ」
その条件を呑んだのは、加害者のお兄さんが優秀な人材だったから。訴訟となると、お兄さんにも影響が出て職場が困るらしい。
「ぶっちゃけると、ヴィンス兄さんの仕事をいくつか引き継いでもらう予定だった彼が、加害者の兄君でね」
「なるほど。連帯責任で辞職されたりしたら、ヴィンス兄様が困るので、結果論ではあるけれど、後遺症もなく完治したので、訴訟は取りやめることにしたと──」
「そういうこと。慰謝料はきちんと払ってもらったから、後は加害者しだいかな? いまだに謝罪がないことが腹立たしいけれど……これ以上、関わり合うつもりもないから」
貴族社会は、本当に狭い。
「我が家が許したのは、スーに謝罪をした、王家とサンドロック伯爵家だけ。その他の家については、本気で謝罪する気があるのかと突っぱねている。リチャード殿下たちは……保留だね。彼らの言い分を腹立たしく思っていたけれど、薬やマスカレイダーなんてものが出てきたから……しょうがないか、と思えてしまった」
「そうですね。あんな短絡的な人たちが、将来、この国のかじ取りに加わるのかと心配になりましたが……。そういう意味ではよかったかもと……」
「何らかの対策が必要にはなるだろうが、起きたのが今でよかったとも言える」
ベサトゥムの公爵子息を巻き込んでしまったけれど、彼だけで済んだ、とも言えなくはない。学院を卒業して社交界に出るようになり、もっと多くの人がカサンドラの影響を受けることになっていたらと思うと、ゾッとするわね。
「学院の生徒たちの多くは、今年の仮デビューを諦めました。来年の仮デビューについても、第三王子殿下の行動によって変化があるでしょう」
グロリアさんの言う通り、リチャード殿下が来年も社交界への出入りを自粛されるようであれば、学院生もそれにならうことになる。
ただし、わたしをいじめた学院生の多くは「騙された」「殿下にならっただけだ」と主張し、自分も被害者だと訴えているとか。中には「殿下のせい」だという人もいるそうだ。
「ずいぶんと自分勝手な……。殿下たちがわたしに好意的ではないからといって、わたしをいじめていい理由にはならないはずですが?」
殿下たちがしたことは、わたしにいじめられたと主張するカサンドラをなぐさめ、機嫌をとり、わたしの行動を批判する、といったところ。ご自分たちの影響力ってものを考えてよ! とは思うけれども。
「おっしゃる通りですね。浅はかとしか言いようがありません」
「学院では、リチャード殿下が生徒たちに謝罪したそうだよ。自分たちの軽率な行動で、みんなに大きな迷惑をかけてしまったとね」
一番大きな迷惑をかけたのは学院でしょうけれど、リチャード殿下たちの言動がわたしへのいじめにつながったのは事実。それを見て見ぬふりしていたことも問題だろう。
「今、学院ではリチャード殿下たちが主導して改革を進めているらしい。貴族と庶民の違いについて、間に法衣貴族や裕福な庶民の子息令嬢を挟んで議論をしているそうだ」
あと、カサンドラと一緒にいたときの自分たちの姿について、かなり厳しい意見をいただき、へこんでいたらしい。もっと言ってやって! と思ったわたしは悪くない。
ストックが底をつきました……。三月、四月は忙しくて時間が取れないのは分かっていたけれども、ここまでとは……っ。なるべく早く戻って来られるようにがんばります。




