まだ終わっていなかったのですか、お兄様
「あの、シール兄様。法力をセーブするようにとおっしゃいますが、わたし、セーブできる自信がありません……」
初心者中の初心者ですよ、わたし。
「……それもそうか。しょうがない、法術の授業がある時は俺がついて行くから」
「よろしくお願いします」
監視者ゲット。これで、何か起きても大丈夫。うんうん、一安心だわ。
「ステラさん。旦那様がゲートのことを話さないように、とおっしゃるのには訳があります。私たち人間には知られていない、ということの他にもう一つ。むしろ、こちらの方が重要です。開いたゲートから法力を呼び込むときに失敗したら……?」
「……失敗したら……?」
グロリアさんから、シール兄様、ヘルメスへと視線を移す。ごくり、生唾を飲み込めば、
「何が起きるかは分からない。──が、下手したら町一つ吹き飛ぶ可能性もある」
「言いません! ぜっったいに、言いません!」
なんて恐ろしい……! ゲートって、そんなに危険なものなの!?
「道具に危険は付きものだよ。ハサミやナイフだって、立派な凶器になる」
「ハサミやナイフで、町は吹き飛びませんよ……」
わたしはがっくりと肩を落とした。
コントロールの練習、気合を入れて真剣に取り組もう。完璧にコントロールできるようにならなくちゃ、怖くて法術の実践なんてできないわ。
「さて、法力の話がひと段落したところで、今日の話し合いの報告をさせていただいても?」
「あぁ、いいよ。スーがいてもいいのかい?」
「問題ありません。むしろ、聞いていただいた方がいいかと」
「商会のお話なのですよね?」
わたしが首をかしげれば、グロリアさんはそりゃあもういい笑顔で、
「ステラさんをないがしろにしてくださりやがった方々へ、商会としてどういう対応をとるか、という話がメインでしたので、ぜひ聞いてください」
わ~……聞きたくな~い……。でも、聞くべき……聞かないと……いや……でも……聞いておいた方が…………。
「まず、アミュレットのレシピの件ですが、販売不許可リストを作成し、リストに名前のない家にのみ販売を可能とする、という条件を了承した工房だけ更新することにしました」
はわわわ。報告が始まっちゃった。
「その条件をのむ工房はどれくらい?」
「ほぼ全ての工房がのむと思われます。貴族社会全体を見れば、ごく一部でしかありませんし、すでに注文を受けているものに制限はつけません」
新規注文はお断わりしてね、という条件だそうだ。また、この条件をのむのであれば、契約の更新料は値引きすることにしたらしい。
「商会が僕のものだとは知られているし、スーが僕の娘になったことも舞踏会で広まっているだろうから、不満はあっても、表立って文句をつけて来る工房はないだろうね」
「リストの有効期限は一年間とする予定ですし、問題はないかと──」
「まあ、そのあたりが落としどころかな?」
「それから、商会の実店舗開店の話は、一旦白紙に戻すことにいたしました」
商会を立ち上げたものの、実店舗は持たずに社交の場で注文を取ったり、見本市や商業ギルド主催のイベントなどに出店したりしていたらしい。商会を大きくするには、実店舗が必要だと考えてはいたものの、ここだ! という物件には出会えていないのだそうだ。
「焦る気持ちばかりが募っておりましたが……客に店を選ぶ権利があるように、店にも客を選ぶ権利があります。実店舗の開店は焦らずに取り組むことで一致いたしました」
その間は今までとおり、社交の場や見本市、イベントなどで注文を取るそうだ。
「アデラー子爵夫人の協力が必要だな」
「ええ。エイプリル様を通じて協力をお願いしようかと──」
商会で取り扱っている商品は、はっきり言って節操がない。
シール兄様が興味の赴くまま、研究したり、実験したりして得られた成果をグロリアさんが拾って、従業員の方たちと話し合い、商品化していくからだ。あと、研究のために飼っている魔物由来の素材とか。
「社交の場に持ち込めるのは、多くても五種類くらいですね。ここで注文しなければ、次の機会がいつめぐってくるか分からない、と思わせなくては」
ぐぐっと拳を握るグロリアさん。ふんす、ふんすと鼻息も荒い。
この発言は、商会で扱う品にそれだけの自信あってのことだ。普通の商品では、貴族は見向きもしない。品質がいいのは、当然のこと。希少品、他国での流行りもの、社交界をリードする方が愛用しているなど、そういった付加価値も必要だ。
そういった価値ある物を手に入れられるサロンがあるとしたら……こちらも価値が上がる。価値が上がれば、社交界での地位も上がっていく。これは、エル義姉様やアデラー子爵夫人にとっても悪い話じゃないので、持ち掛けやすいのだろう。




