法力は謎に満ちていますわ、お兄様 3
「余談にはなるが、そもそもとして、人間は法術が発動する仕組みへの理解が足りない」
ふう、やれやれと肩をすくめるのは、もちろんヘルメスだ。
どういうことかというと、人間が考えている法術の発動の仕組みというのは『法力と呪文によって、世界の法則を書き換えることにより、現象として具現化する』というもの。
「違うの? え? わたし、学院ではそのように習ったのですが?」
わたしが知っている法術の知識が、次々に轟音を立てて崩れていくわ。わたし、法術は前世でいうハッキングのようなものだと思っていたのよ。『法力と~』っていう説明って、正しいプログラムを別のプログラムに書き換えるハッキングと似ている気がしたから……。
「その世界の法則とやらを担っているのは誰だ? 精霊だろう?」
「……まあ、そう……ですね……」
使い古されたフレーズのような語感で言われてしまった。確かに、言われてみればそう。シール兄様いわく、精霊とも呼べないような小さなものたちが世界の法則を担っているらしい。そういう小さなものたちには自我なんてないので、機械的に世界を動かしているのだそうだ。
「法術を使えば、その小さなものたちをこちらの意図したように動かせる、ということですか?」
小さなものたちを自分が意図したように動かすことが、法術とも言い換えられる。
「残念ながら、それだと四十点くらいかな」
「むぅ……厳しい」
ちなみに、グロリアさんは我関せず、という雰囲気でお茶を飲んでいる。
「説明するにあたって、少し定義をしよう。自我を持たない小さなものたちを微小精霊とよび、小、中、大と上がっていく。法術はこの小精霊より上を司令塔として、司令塔となった精霊よりも下の精霊を働かせることを言う」
「なるほど。……ちなみにですが、大精霊と上級精霊の違いはなんでしょう?」
「大精霊はソロ。上級精霊は眷属を持つ」
どちらも強い力を持つ精霊には違いないけれど、上級精霊に比べると大精霊は力を振るえる範囲が限定されるらしい。
「地域一番店と国内外で支店をいくつも出店している大商会との違いみたいなものです」
「なるほど。よく分かりました。グロリアさん」
法術に関しても、お金で例えると分かりやすいらしい。
グロリアさんの説明は、こう。
人は生まれながらに、お金という法力を持っている。このお金の額は、人によって違う。
「わたしはお金を持っていても、このお金の価値をきちんと理解できていないので、持て余している、もしくは使い方が分かっていない人間、ということです」
「お金に例えると、ロアがバカな子みたいに思えるから嫌だ」
「法術に関してはバカですから、仕方ありません。旦那様は、黙っていてください」
不満そうなシール兄様をピシャリと黙らせ、グロリアさんの説明は続く。
法力というお金を持って、火属性の法術屋へ行く。これは、火属性の法術を使おうとする、ということ。
この時、いくら持っているかによって、法術屋で買える品物は変化する。ろうそくに火をつける程度から、ファイヤーボールなどの攻撃系の法術まで様々。もちろん、どの品物を買うかも、予算内であれば選ぶことができる。
この法術屋に行って「〇〇を下さいな」というまでが法術の術式。店の人(精霊)が、「はいはい、毎度あり」と応じて商品を出したら、法術が現象として実際に起きる。
「たくさんの法術が使えるのは、たくさんの法術屋を知っているから?」
「より厳密に言うと、たくさんの法術屋に行けて、なおかつ商品ごとに変わる注文の仕方を知っている、ということになる」
ああ、法術によって呪文が違うから、そういうことになるのね。ふむふむ。
「この時、握っているのは自分が生まれながらに持っているお金だ。当然、使えば減る。本当のお金と違って、休めばそのうち回復するが、一時的でも減ることに変わりはない」
そこで、登場するのがゲート。すなわち、投資。自分が持っているお金を投資して(ゲートを開いて)、上の層から配当(法力)を受け取る。この時、投資した金額(法力)以上の配当(法力)が手に入るので、結果として自分のお金(法力)は減らない。
「ただし、投資にはセンスがいる。投資用の口座を開いても、投資ができずにまごまごしている間に未使用口座と判定されて、口座が使えなくなるというケースもあるわけだ」
それがグロリアさんのケース、というわけですね。なるほど、なるほど。
「獣人族や人族は、この例でいう投資をせずに、自分のお金ばかり使っているんだ。無意識に投資をしているケースもあるが……それは例外」
なるほど。途中で解説役がグロリアさんからシール兄様に変わってしまいましたが、そこはスルーしておくわ。
「色々脱線したが、結論を言うと、女学院では法力をセーブするようにということだ」
もちろん、ゲートのことを話してはいけない。わたし、黙っていられるかしら?