法力は謎に満ちていますわ、お兄様
「庶民籍に戻って、働いたりするわけがないだろうって、顔に出てるぞ。ステラ」
「……そんなに分かりやすい?」
両頬を自分でもにゅもにゅとつまみながら、ヘルメスに聞けば、
「俺も同じことを思ったから余計にな。君らが考えるベストは、あの娘にとってのワーストだと思うんだが、どうだ?」
「だろうね。となると、縁組を残したまま修道院へ入るか、王子様が迎えに来てくれることを夢見つつ、母のレディズ・コンパニオンになるか──」
どちらにしろ、お姫様とは程遠い生活になることに変わりはないがと、シール兄様は肩をすくめた。シール兄様的おすすめは、一番、養子縁組を解消して庶民に戻り、働くこと。二番、修道女になること。この二択だそうだ。
ちなみに、結婚するという選択肢はない。王家や他国の貴族との間にトラブルをおこした娘をめとりたい、という家があると思う? ということだ。
どっちも選びそうにないなあ、とため息をついたら、サロンのドアをノックする音が。シール兄様が入室の許可を出すと、
「ただいま、戻りました。旦那様、ステラさん」
「おかえり、ロア」
「おかえりなさい。グロリアさん」
サロンに入ってきたグロリアさんは、よく着ているツーピースタイプのチャイナ服に着替えていた。マリンブルーのチャイナ服の胸元には、白い牡丹が刺繍されている。
「なぜ、ヘルメスが?」
「スーの法力コントロールの監督を頼んだんだ」
「法力の……? ということは、ステラさんは才能があるのですね」
シール兄様にあいている席をすすめられ、グロリアさんが座る。ヘルメスが気をきかせてくれて、彼女の分のジャスミンティーをカップに注いでくれていた。
「才能……ですか?」
ありますかね? そんなもの。まだまだ実感のないわたしが首をかしげると、
「ヘルメスがついているということはゲートを維持することができているのでしょう?」
「ええ、まあ……」
かなり強引なやり方だったと思うので、返事もあいまいなものになってしまう。目も泳いでしまうわ。
「きっかけはどうあれ、ゲートを維持できているのなら、それは才能ありということですよ。私は、ゲートを維持することができませんでしたから」
ヘルメスからカップを受け取りながら、グロリアさんが少し寂しそうに笑った。これは、どういうことでしょう? シール兄様に視線だけでたずねてみれば、
「それこそ、才能というヤツだね。こればかりは、僕でもどうしようもない」
一度でダメなら何度でもやってみればいいと、シール兄様とグロリアさんは、かなりがんばったらしい。
「旅の合間を縫って、けっこう頑張ってみたのですが……ダメでしたね。ゲートには気づけるようになりましたが、ゲートを維持するまでにはいたりませんでした」
グロリアさんのイメージでは、ゲートは井戸だったそうだ。でも、ダメな井戸らしい。
シール兄様に、どんっ! とやってもらったら水は湧くものの、小一時間もしないうちに水は干からびてしまい、井戸も朽ちていってしまうそうだ。
「考えてみたら、ステラは他の人間と一緒に法術を学ぶんだよな?」
「そうなりますね」
何を今さら。ヘルメスのおかしな言い方に目を丸くすれば、彼はしまったな、という顔をして、ため息をついた。
「だったら、ゲートのことはきちんと理解しておいた方がいい」
「それもそうか。世間の法術とゲートを使った法術では、根本的な部分が違うからな」
「は?」
どういうこと? わたしのウサヒツジちゃんたちに何か問題が? つい、まじまじと今は空っぽの見える君を見てしまう。
「法力があっても、法術が使えないという話は聞いたことがあるね?」
「あります。理由は存じませんが……」
「答えは簡単で、法術を行使するだけの出力がないからだ」
おっとぉ……え? まさか、そんな単純なことだったわけ?
仮に、ろうそくに火をつけようと考えたとする。マッチを使って火をつける場合の労力を五だとすると、法術で火をつける場合の労力はその倍である十の力が必要になるそうだ。
「……だとすると、法術ってものすごくエネルギー効率が悪くないですか?」
「悪いよ。めちゃくちゃ悪い。でも、その問題を解決するのがゲートだ。理論として、一般には知られていないがね」
ひょいと肩をすくめたシール兄様。今、何かすごいことをさらっと言いませんでした?




