世の中、知らないことばかりですのね、お兄様 3
「……マスカレイダーの力といっても、かなり微妙なのですね……」
「微妙ではあるが、微妙なだけに厄介ともいえる」
まず、法術ではないというところが問題。法術ではないので、法術で防ぐことができない。
「タレントによる抵抗も通用したり、しなかったり……。あてにならないな。法具も同じだ」
「あてにならないのですか?」
それは、びっくり。
タレントというのは、前世のゲームなどではスキルなどと呼ばれていたものとほぼ同じものだ。ただ、鑑定できる人が少ないので、自分が何のタレントを持っているのか、知らない人も多いらしい。鑑定にはお金がかかるし、知らなくたって困らないので、知ろうとする人自体、そんなに多くないと聞いている。
「万能な力なんて、ないからな」
ヘルメスは、難しい顔をしてそうだなあ、とつぶやく。どうしてあてにならないのか、説明してくれるらしい。いくつも例外があるので、必ずしも正しいとは言えないが、という前置きのもと、彼は説明してくれた。
「まず、この世界はパイ生地のように何層にも積み重なってできている」
二次元とか三次元とか言いますものね。それは、分かります。精霊はわたしたちがいる三次元よりも上の階層に存在しているのだそうだ。上の階層から下の階層へいくのは簡単で、下から上へは、かなり難しいらしい。
さっきの馬車の例で説明すると、肉体となる馬車の本体は第三層。御者台は第四層に存在している。法力は、この第四層の力で、法術はその使い方なのだそうだ。
「では、タレントとは何かというと、これがまた説明が難しい」
なんて言ったらいいんだろうな、と悩むヘルメス。そこへシール兄様が、
「タレントとは、最適化された能力のことだと思っている。最適化される能力は様々なので、系統というか、種類も豊富になる」
一番多いのは、経験を積み重ねによって発現するもの。熟練の技とかいわれる類のものね。他にも上の階層に係わることで発現するものや、イューの記録を利用するものなど、様々。
「イュー?」
「世界の始まりから終わりまでを記録しているといわれている、情報の塊のことだ。木のような形をしているとか、円盤だとか、円柱だとか、いろいろ言われているが……どれが正しいのかは俺も知らない」
ヘルメスは、ひょいと肩をすくめる。イューがどんな形をしていようが、使えればそれでいいじゃないかと、コスプレ紳士は言う。まあ、そうかも知れませんけどね。
「精霊と一括りにされてはいるが、実際には階級によって住んでいる層が違う」
両手の人差し指を、リズムを取るように上下に揺らすヘルメス。
「下級の精霊は、第四層にいることが多い。横からくるので、防ぐのはそれほど難しくはない。法具や法力で防げるパターンだ」
壁を作って防御すればいい、ということらしい。ただし、天井がないので、第五層より上にいる精霊からの干渉は防げないそうだ。上からの攻撃? からは無防備だということね。
「なるほど。タレントで防ぐにも、第四層を発現の起点としていたら、結果は同じ──」
上からちょっかいをかけられたら、アウトということですね。
「精霊が付いていれば、彼らが守ってくれるが……力負けすることもある」
「ん? 精霊が……?」
「あぁ、この場合は馬車と並走しているというか、馬車に乗っているというか……」
「精霊の加護のことだな」
「契約とは違うのですか? シール兄様」
「違う。加護は、精霊が気に入った人間に勝手に何かをすること。契約は、精霊が気に入った人間と約束をすることだ。勝手に何かするわけだから、気に入らなくなったら、さっさと離れていってしまう。契約があると、気に入らなくなったから離れる、というわけにはいかない。契約を破棄しない限り、精霊に自由はない」
自由はない……ねえ? ついついヘルメスへ視線を送ってみれば、
「………契約前に比べて自由度はかなり減っているが?」
文句があるのか? と言葉にならない言葉で威圧されたので、慌てて視線をそらした。
自由か、自由でないかを決めるのは自分であって、他人ではない。余計なことは言わない方が良いに決まっている。わたしは、視線をそらしたまま、
「結局、カサンドラはどうなるのでしょうか?」
あの子がマスカレイダーと呼ばれる存在であったとしても、『マスカレイダーだったのなら、しょうがない』とはならない。
「僕たちがベストだと考えるのは、学園を退学してホーネスト領に引っ込む。あちらに着いたら、養子縁組を解消して市井におりる。読み書きと計算はできるから、職はあるはずだ」
ただし、家庭教師はのぞく。また、あの性格を考えたら、メイドも無理だろうとのこと。でも、庶民になって働くなんて、あの子がするかしら?




