世の中、知らないことばかりですのね、お兄様
今夜のディナーは、グロリアさんがいないのでシール兄様と二人でいただく。この時間帯だと会議の方も終わって、そろそろ二次会に突入しているだろうとのこと。
「二次会の参加者は女性に限られているから、楽しんでいると思うよ」
「それを聞いて安心しました。食事は楽しくいただくべきですもの」
でなきゃ、どんなに美味しいお料理でも、味が半減しちゃう。
「まったくだ」
シール兄様にも賛同いただけたところで、我が家のディナーである。
伯爵家のディナーだから、毎晩コース料理。スープ、魚。肉、野菜。最後はデザートという流れ。
今夜は、トマトの冷製スープに、夏野菜のテリーヌ。大きなぷりっぷりのエビ! キャベツとアンチョビの和え物も美味しい~。鶏肉のソテーは、柑橘系のソースがもう……絶品で! ツナマヨのナスボートは、ちょっと熱かったけど、熱いから美味しいのよ。は~、シアワセ。
デザートは、白桃のコンポートをいただいた。きれいなピンク色をしていて、見た目もかわいくて。は~、大満足。毎日、美味しいものばっかりで……身も心もシアワセです。
さて、ディナーの後は、サロンへ移ってお茶をいただいている。食事中も会話はするけれど、このエビ美味しいですね! なんて、料理の話が中心になるもので……。家族の団らんは、食事の後のティータイムに持ち越されることが多い。もちろん、情報の共有もここで。
「まずは、ホーネストの両親の話をしておこう」
ソファーに腰を落ち着けて、まずは一口。心を落ち着けた(?)ところで、無礼千万(兄様談)な手紙を送りつけてきた方々への対応を聞く。そこに実の両親が含まれていることが悲しいわね……。
「あの二人には、領地へ引っ込んでもらう。当主権限は全てヴィンス兄さんに渡して──ね」
つまり、隠居である。でも、それって、領政の実権を握って両親を領地に追いやった親不孝者のように言われたりしませんかね? そのことを聞いてみれば、
「いいや? アホな両親に振り回されたお気の毒な若夫婦ってことになるから、問題ない」
アホな両親って……いえ、まあ……そうですけど……。
「領内のことは、今まで通り領官たちが見てくれる。父は自分の手腕が領民に支持されていると思っているようだが、実際に領内の運営をしているのは領官たちだから」
父は、領官たちに言われるがまま、決裁書にサインをするだけだったそうだ。おいおい……。
それってまずいのでは? 政治なんて知らないわたしにでも分かることなのに……。
「トップが無能でも、それを支える部下が優秀なら何とかなるというパターンだ」
辛辣! 彼らに見捨てられなくてよかったよ、とシール兄様はコーヒーカップを傾ける。
ちなみに、シール兄様が賜ったダンジェ伯爵領も、基本的には領官にお任せするそうだ。
「ただし、両親みたいに任せっぱなしにはしない。視察には行くし、監査もきっちりやる。ただ、領については僕よりも彼らの方が何倍も詳しいから、彼らの意見を尊重するつもりだ」
「それは……そうかもしれませんね。中央での社交は、どうなりますか?」
「エル義姉さんがいるから、何の問題もないね。むしろ、このまま母に社交界へ出入りされる方が問題だ」
「…………」
わたしは、なんと答えればいいのかしら? しばらく考えてみたけれど、答えは見つからなかったので、ノーコメントを貫く。
「ホーネストの両親が領地に下がるとなると、カサンドラは?」
「さあ? どうするんだろうね? カノジョのことは、両親に一任するよ。僕もヴィンス兄さんも、カノジョには興味がない」
シール兄様の視線は、わたしにもそうだろう? と同意を求めている。
「興味がないと言いますか……関わりたくないというのが、正直なわたしの気持ちです」
ジャスミンの香り漂うお茶をいただきながら、わたしはため息をついた。
カサンドラのことは、好き嫌いで言い表すことができない。
カノジョがどこで何をしていようが、わたしは気にしないわ。不幸になればいいのに、とは思っていない。幸せになって、とも思っていない。
今、カノジョのことを聞いたのは、ホーネストの両親が領地に下がることによって、あの子が、わたしの生活圏に入ってくるのではないかと心配したからだ。
「それでいいと思うよ。ただ、ああいうのに限って、放っておいてくれればいいのに、向こうから来る…………」
警戒対象なんだよね、とシール兄様は持っていたコーヒーカップをテーブルに置いた。
「カノジョ、今が変わる最後のチャンスに来ていると思うけど……どうかな?」
「どうもこうも、無理だろ。あれはもう手遅れだ」
「ヘルメス」
するりと現れたコスプレ紳士は、シール兄様の隣に立った。ヘルメスは難しい顔で、
「だいぶ馴染んでしまっていたから気づくのに遅れたが、あの娘はマスカレイダーだ」
ま、マスカレイダー? 何、それ。ま、マスカットの……親戚……じゃ、ないわよね?




