女学院生になりましたわ。お兄様
おかしいわ。わたし、ここで何をしているのかしら?
ここ? ここは、イツィンゲール女学院の構内にある、ガセボのひとつよ。白いガセボの柱には、淡いピンクのバラがポツポツと咲いている。小ぶりな花は、とても可愛らしい。
今日は転校の初日。アレンジし放題の制服だから、どんな感じで行こうか、朝からちょっとしたファッションショーをすることになって……楽しかったぁ~……じゃなくて。
半袖のブラウスに、ベスト。アシンメトリーのミドル丈のスカートを合わせて、登校したのよ。付き添いは、リーロとモーリス。モーリスにエスコートしてもらって、馬車から降りたわ。侍従兼護衛と侍女に付き添われて登校するわたし。顔には出てなかったと思うけれど、心の中で感動していたわ。やっぱり、わたしは貴族の娘だったのね! って。
それはともかく。登校して、職員室へ行って。担任の先生は、ミズ・キャリーだと教えられて、一安心。英才公が集められた講師陣だから、どなたが担任になられても心配することはないと思うのだけれど、やっぱり、ちょっとでも知っている方だと安心するわよね。
付き添いのリーロとモーリスは、ここでお別れ。授業が終わる頃にまた迎えに来てもらう。
案内されたクラスは、マレーネ様と一緒だったの。ネックス子爵令嬢もいらしたわ。クラスメイトの中に、知っている顔を見つけたときの安心感といったら──!
その後は、普通に授業を受けて、お昼はヒューズ伯爵令嬢とラーナー子爵令嬢も合流して、五人でランチをいただいたわ。友達といただくランチの美味しいこと、美味しいこと!
心の中で号泣したのは言うまでもない。アオハルがかえってきた~! って山か海に向かって叫びたい気分だったわ。帰ったら、さっそく牧場へ行って、思う存分叫びましょう。
午後は、自由カリキュラム。自分が学びたいことを学ぶ時間なのだけれど、わたしはまだカリキュラムが組めていない。だから、ミズ・キャリーから課題が出たのよ。
「自由カリキュラムを組むためにも、ダンジェ伯爵令嬢が女学院で何を学びたいと思っていることを書き出してください。これは、何でも構いません。魔物の解体方法でも星占いでも、興味のあることであれば、何でも結構です。講師がいない? 気にする必要はありません。なぜなら、今は、いないだけだから。講師など、探せばいいのです!」
ブラボー! 思わず立ち上がって拍手したけど、当然よね。講師がいなければ、探せばいいなんて言ってくれる学び舎なんて、世界広しと言えどこの女学院だけではないかしら。
「──と、いうわけで……学びたいことを書き出さなくちゃいけないわけだけども……」
行き詰っているのよね~。ただ今、庭園のガセボでカリキュラム申請用紙とにらめっこ中。
学びたいこと、やりたいこと。そうねえ、とりあえず、手芸はやりたいわ。編み物は苦手だけど、刺繍は好きだし。パッチワークもやってみたい。ホーネストの家にいた時は、ドレスのリメイクもやったわ~。最近、大物は挑戦していないから、指がうずくのよねえ……。わきわき。
それから、レジンもどきでしょ、ハーバリウムも作ってみたいわ。あ! それから、プリザーブドフラワーでしょ。ワックスバーにも惹かれるし。
「……ハンドメイドばっかり取り上げてどうするのって感じよね……」
申請用紙とセットの白紙に書き出したもののうち、刺繍とパッチワークに丸をして、他はバッテンをつけた。学院では学ばずに、家でやります。シール兄様にお願いすれば、あれもこれもと、たくさんの材料が出てきそうだし。シール兄様もやりそうだし。
学びたいこと、やりたいこと。う~ん……そうねえ……日本にはなくて、こっちにはあること……それは法術! 錬金術? 錬金術は無理。シール兄様は、喜々としていろいろ作っているけど、わたしにあの脳みそはないわ。
うん。そうね、法術はちゃんと勉強したいわ。法術は、前世でいうところの魔術のこと。魔術を使うのに必要な魔力は、法力って呼ばれている。魔物との契約も、この法術の一種。
さて、前世の物語では魔力があれば、ほぼ全員が魔術を使えていた。でも、ここは違うの。法力があっても、法術が使えないという人は、結構多いのよ。信じられる? 法具は、そういう人達をサポートするために考案された道具だったらしいわ。びっくりよね。
セールヴィでは、法術の実技授業は才能のある人だけが受けられるものだと限定されていた。ミズ・キャリーにそのことを言うと、
「馬鹿馬鹿しい。教える技術が低いことを隠すためのくっっだらない言い訳ですね」
何とも頼もしい答えが返ってきた。ただ、わたしの性格的にも、攻撃系の法術は向いていないと思うので、回復系や補助系の法術を習いたいと思う。
あ、そうそう。鍼灸治療と回復系の法術を組み合わせたら面白いことになるかもって、考えたことがあったのよね。これも提案してみて……と考えたその時、
ドォンッ!!
大きな爆発音と共に、一瞬だけ地面が揺れた。
「な、なに? 今の……」
思わずガセボから飛び出し、周りを見る。一瞬だけだったから、地震じゃないことは確か。となると、事件? 事故? って、煙? 遠くで白い煙がもくもくと上がっている。
「あらあら。マレーネ様は今日もノーコンでいらっしゃるようね」
呆れたっぷりのその声は、乗馬服をお召しになった、
「ヒューズ伯爵令嬢?」




