内緒の話とお姫様の勘違い
「たらればかもの話でしかないが……知った以上は、王家にも報告しておく。だからと言って、証拠が不十分だから何ができるわけでもないが……」
「……それでも、男爵家にとっては大きな痛手になるでしょう。真綿で首を絞められるようなものですよ。ホーネスト伯爵家にとっても……」
グロリアさんがため息をついた。ホーネストの父と母がどうなろうと、自業自得である。ちっとも同情する気にはなれないが、その影響がヴィンス兄様とエル義姉様にまで及ぶとなると……かなり心苦しい。エル義姉様の社交ランクも下がってしまうかもしれないのだ。
貴族は、このあたりの損得勘定が非常にシビアである。場合によっては、エル義姉様のお母様、アデラー子爵夫人もエル義姉様との付き合い方を見直すことになるかもしれない。
「ふたりには、早々に領地に引っ込んでもらって、隠居してもらおう。爵位を返上したら、ヴィンス兄さんが男爵を名乗れなくなる」
父は、『ホーネスト伯爵』と『リーブス男爵』の二つの爵位を持っている。ヴィンス兄様は、父が持つ『リーブス男爵』の爵位を借りているだけ。だから、『ホーネスト伯爵』を返上したら、父が『リーブス男爵』になり、ヴィンス兄様は男爵ではなくなる、というわけ。
そういう事情があって、たらればかもの話であるということを利用して、知らん顔をしておこうというわけだ。
ただし、本当になんにもしない訳にはいかないので、両親に隠居を勧めるのである。
だったら、ホーネスト伯爵の爵位をヴィンス兄様に譲ればいいと思うかもしれないが、それはできない。日本の武士や貴族と違って、この国の爵位継承は、当主が死亡した時しかできないのである。確か、イギリスの爵位継承もそうだったはず。
「とりあえず、だ。今言ったようにこのことは、王家に報告する。ヴィンス兄さんと父にも手紙を書こう。スーは、サンドロック伯爵子息へ手紙を書くように」
「はい。えぇと……ラント男爵令嬢の恋心のお話と、殿下たちがお茶会で薬を混入されていたのではないかと疑っている話をお伝えすればいいですか?」
「それでいいよ」
たらればかもの話なので、伝える情報は必要最小限にとどめておく。気になるのなら、あちらの家でも独自に調べるはずだ。
「薬物が混入されていたのかどうかを調べるのは難しいと思う。というより、もしも本当に薬物混入の証拠が出てきたら……さらなる国際問題になりかねない……」
「…………」
外国の公爵子息が、薬物混入の被害者にいますからね。というわけで、この件の判断は、王家にお任せすることにして、わたしたちは知らん顔していましょう。そうしましょう。
「ただ、僕個人としては、この蛇の系譜の体質というものに興味がある。モーリス、君が調べられる範囲でかまわないから、動いてくれるかい?」
「かしこまりました。リーロとロータスにも協力を頼んでも?」
「かまわないよ。ただし、スーの世話や護衛に穴が開かないようにきちんと予定を組むこと。ライには、僕から連絡をしておく」
「よろしくお願いいたします」
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学院は相変わらず、お葬式ムード。それに、殺伐としているわ。貴族と平民との間に大きな氷の壁ができて、そのひんやりした空気が原因でしょうね。殿下は、この氷を何とかして溶かそうとしているみたいだけど……分厚い氷は手ごわいみたい。
苦戦しているというか、空回りしているというか。いい加減、自分たちだけの力じゃだめなんだって諦めて、あたしのお姫様パワーがないとダメなんだって、認めればいいのに。
でも、男の人ってプライドが高いから、自分の力じゃダメなんだって認めたくないってこと、あるわよね。うんうん。分かる、分かる。
あ! そうだ! いいこと、思いついた。ふふッ。学院のお葬式ムードも春の舞踏会には関係ないわ。みんなは参加しないみたいだけど、あたしは参加するんだもの。
あたしが参加するって聞いたら、みんなはワクワクして舞踏会の日を待つでしょう。自分たちは参加させてもらえない舞踏会に、参加するあたしを羨ましく思うに違いないわ。一足早く社交界へ一歩踏み出したあたしの話を聞きたいって、渇望するの。
学院は舞踏会の次の日も普通にあるから、あたしは睡眠不足と疲労のせいで重たい体を叱咤して、登校することになるに違いないわ。
お父様とお母様は、疲れているのなら休んでいいのよって言ってくれるだろうけど、あたしは「大丈夫だから」って気丈に振る舞うのよ。だって、学院ではあたしの話を聞きたいみんなが、胸を膨らませて待っているから。みんなの期待に応えてこそ、お姫様ってものだわ。
登校したあたしを、みんなは「待ってました!」とばかりに取り囲むでしょう。餌を目の前にしながらお預けをされている犬のような顔で、あたしを見るに違いないわ。
お姫様は、疲れた顔なんて見せないものよ。「昨夜の舞踏会はいかかでしたか?」と聞かれても、あたしは優雅に微笑むだけ。だって、得意げにペラペラとしゃべるのは、品がないじゃない。
あくまで優雅に、あたしがどんなドレスを着て、周りから注目されたか……話して聞かせてあげるのよ…………って、思ってたのに……!!
誤字報告、ありがとうございます。助かります。
気づいたら、ブックマークも3,000件突破しておりました。ありがとうございます。
これからも頑張って執筆を続けて参りますので、よろしくお願いします。