内緒の話ですよ、お兄様 2
「種族特性由来の薬物摂取か……なるほど、盲点だった。スーは、これからのことを心配しているようだけれど、もしかしたら、もうすでに使われているかもしれない……」
「どういうことですか?」
わたしが首をかしげると、ジェラルド殿下からシール兄様に手紙が届いたそうだ。
「今さらだが、とリチャード殿下たちから話があったらしい。議題は『なぜ、カサンドラ・ホーネスト伯爵令嬢の言うことを鵜呑みにしてしまったのか』」
「恋は盲目という言葉の通りだったのでは?」
グロリアさんが首をかしげる。わたしもそう思う。
「それがねえ……彼女の機嫌を取っていた頃も、彼女に女性的な魅力は感じていなかったそうだよ。あくまで、僕やライの話を聞きたくて機嫌を取っていただけ、なんだそうだ」
「あぁ、そう言われれば、そんな話を聞いたような……」
「身分が低い者への彼女の態度も苦々しく思っていたらしいけれど、それを指摘して機嫌を損ねられるのは……と、注意しなかったらしい」
「呆れた。そんなに旦那様たちの話が聞きたかったのですか?」
「聞きたかったみたいだネエ、と言いたいところだが、これもおかしな点のひとつ。ホーネスト伯爵家の令嬢はふたりいるんだ。普通、片方がダメなら、もう片方にいくだろう?」
こんな簡単なこと、子供だって思いつくよ、とシール兄様。
確かにその通り。カサンドラは、女子よりも男子と一緒にいることの方が多かったから、殿下たちも近づきやすかったのだろうと思う。でも、イマイチだと思ったら、彼女にわたしを紹介させればいい。それだけの力をあの人たちは持っている。
わたし、殿下たちはカサンドラに気があるのだと思っていたのよ。『カネ花』がそうだったから、決めつけていたと言ってもいいわ。だから、わたしを間接的にいじめることで、カサンドラの機嫌を取るつもりなのだと思っていたのよ。
「もうひとつは、彼女の発言や行動の矛盾に気が付かなかったこと。髪はさらさらツヤツヤで、肌の状態もきれい。制服もきちんとプレスされた清潔なもの。持ち物も伯爵令嬢にふさわしい品ばかり。メイドも学院の規定を無視してふたり連れている。そんな状態なのに、家に帰ればいじめられているって……」
ハ! とシール兄様は鼻で笑い、肩をすくめた。
「学院でもそう。いじめられているという、彼女の証言を信じて、なるべく自分たちが側にいるようにしていた。離れなければならないときは、女子生徒や他の誰かに側に付いてくれるように頼んでいた。なのに、いじめられたって……」
「ずいぶんと器用なんですねえ……」
カップを口元に近づけながら、グロリアさんも鼻で笑う。ロータスが「なんだそれ。バカじゃねえのって……あぁ、だから、クスリを盛られたんじゃねえかって、話になってんのか」と自己解決していた。リーロに「しっ」と脇腹を小突かれていたのは、ご愛敬かしら。
「いじめられたという彼女の証言はあっても、いじめられていたという第三者の証言はない。こんなことになって、事実関係を明らかにしようと証言者探しをしたところ、スーがいじめられているところを見た生徒はいても、彼女がいじめられているところを見た生徒はいなかったらしい」
カサンドラの証言を信じたのは、自分は見ていないけれど、見ていた他の人がいるに違いない、と思ったからだそうだ。……やだ、思い込みって怖い。
「──と、まあ……そういうことに思い至り、ちょっと考えれば分かることなのに、なぜ分からなかったのか。それも、自分たち全員が……。これはおかしい、と考えて思い至ったのが、お茶会に出されていたお茶らしいよ。ランデル商会のオリジナルブレンドらしい」
「まあ!」
ここで、お茶につながるのね。ランデル商会が取り扱うティーブランド、ティロンは豊富なフレーバーが有名だけれど、もうひとつ売りがある。それは、消費者の好みに合わせた、オリジナルブレンドを作ってくれることだ。もちろん、これは一般販売をしていない。
「根拠は、カサンドラのオリジナルブレンドティーを毎回飲んでいた、ということだけだそうだ。お茶を淹れていたのは、ラント男爵令嬢。毒見はしていて問題なしと判断されていたそうだが、毒見役も薬の影響を受けていたとしたら…………その判断も信用できないな」
シール兄様は肩をすくめた。
「殿下たちの推理は、ラント男爵令嬢がサンドロック伯爵子息の気持ちを自分に向けるために、お茶に何らかの薬を混入。同じお茶を飲んでいた自分たちも影響を受けたのではないか、というものだ。……推理としてはお粗末すぎるけどね」
そうよね。それなら、カサンドラに好意を持つのではなくて、ラント男爵令嬢に好意を持たなくてはおかしいもの。
「なんにせよ、推測に推測を重ねただけで、証拠は不十分だということに変わりはありません。彼女はもちろん、ラント男爵令嬢も罪に問うことは難しいでしょう」
グロリアさんの言う通り。シール兄様が言っていた通り、たらればかも、の話でしかないのだ。でも、このたらればかもほど恐ろしいものもない。今後、ラント男爵家は王家から遠ざけられるだろうし、ホーネストの家だって、要警戒対象となるに違いないのだ。




