お茶会の報告をいたしますわね、お兄様
室内に置いている一人用のティーテーブルについたわたしは、ワンダを待っていた。シール兄様たちのところに行く前に、お茶を飲みたかったのに、そのお茶が来ないなんて。
「……遅いわね」
「……遅いですね」
しつこいかもしれないが、我が家は伯爵家である。労働者階級や雑役女中を一人雇うのが精いっぱいというような家とは違うのだ。
主人に望まれたら、すぐにお茶を出せるように、厨房ではお湯をキープしている。それに、厨房にはミセス・フェローを中心とした有能な厨房スタッフが働いているのだ。お茶の準備なんて、すぐにできるだろう。
「ねえ、ワンダって方向音痴だったりする?」
「聞いたことがありませんね」
厨房の場所が分からなくて、邸内をウロウロしているとか? でも、迷うほど広くないわよ? この屋敷。シルえもんのどこでも〇アがある部屋には、許可がないと入れないし。
「見てきましょうか?」
「えぇ、そうね」
お願いするわと言いかけた時、部屋のドアがノックされた。良かった、戻ってきたわと入室を許可すれば──
「失礼いたします」
入ってきたのは、モーリスとロータスだった。あれっ? と驚くわたしにモーリスは、
「どうかなさいましたか?」
「ごめんなさい。実は、ワンダにお茶を持って来てほしいと頼んだのだけど……」
全ては言わずに、わたしは肩をすくめた。
「……っのバカ……! すみません、呼んで来ます」
ロータスがチッと舌打ちをしそうな顔をしたのはほんの一瞬。わたしに頭を下げて、部屋から出て行った。彼を見送ったモーリスは、
「旦那様とグロリア様は、いつでもキャビネへ来てくれてかまわないとのことです」
「そう。お茶を飲んでからって思っていたけど、先にキャビネに行った方がよさそうね。リーロ、悪いけどお茶はキャビネに持って来るように伝えてくれる?」
「かしこまりました」
一礼をして、リーロが部屋を出て行く。
彼女を見送ってから、キャビネに向かうため、わたしは席を立った。
「気を悪くしないでほしいのだけれど、モーリスは魔族よね? だったら、ランデル商会の娘さんが魔族の血を引いていることは知っていたりする?」
「えぇ、存じております。名前までは知りませんが、ランデル商会の会長が魔族で、その姉だか妹だかが、男爵家に嫁いでいることも……。蛇の系譜だったと記憶していますが……」
魔族は、その身体に表れる特徴や能力などから、〇〇の系譜というらしい。ただ、自分は〇〇の系譜だとか、あなたは〇〇の系譜ですね、とは口にしないことの方が多いそうだ。
「そうなの? でも、どうして? 誇りに思ったりしないの?」
「系譜が知られているということは、ある程度、能力が知られてしまうことになりますので──隠したがる者が多いのです。花や虫、蛇の系譜には、毒を持つ者が多いですね。その一方で、高位魔族になると系譜を知られたぐらいでは動じない方もいらっしゃるので……」
「毒⁉ ……はあ~、なるほど。扱いが難しいのね。わたしは口にしない方がいいみたい」
「──かもしれません。毒を持っているからといって、それを使うわけでもないですし……」
剣を持っているからといって、むやみに人を傷つけるわけがないのと一緒ね。他にも、熊の系譜はのんびり屋、兎の系譜はせっかち、というようなこともいわれるそうだ。偏見だとは思うけれど、蛇のイメージと毒を持っているっていうところが少し引っかかってしまう。
でも、ラント男爵令嬢って、蛇のマイナスイメージと重なるのよねえ。なんて思っていたら、シール兄様たちのいる部屋に到着。ドアをノックして「どうぞ」の返事があってから、
「失礼します。シール兄様、グロリアさん、ただいま帰りました」
部屋のドアを開き入室する。手振りでソファーをすすめてもらったので、ありがたく座る。
「お帰り、スー」
「お帰りなさい、ステラさん。お茶会はどうでしたか? 楽しめましたか?」
「落差が激しくて疲れてしまいました」
ふうと息を吐いて、疲れた理由、ふたりの男爵令嬢の言動について愚痴をこぼした。
「それはそれは……大変だったね」
「エイプリル様から話は聞いていましたが……本当にいるんですね」
そんな頭の悪い令嬢が、って聞こえた気がしたのは気のせいかしら? まあ、いいわ。
「まだお嬢様気分が抜けないんだろう。家では、一番大切にされていて、常に中心にいたのではないかな? まだ、家の中にいる気分のままでいるお子ちゃま令嬢だ。スーは、相手にしなくていいよ」
ばっさり言っちゃった。でも、相手にしなくていいって言ってもらえたので、気が楽だわ。爵位はこちらが上だし、今日のことで、女学院社交界でも地位を落としただろうから、女学院での学生生活でも気を使わなくたって問題なく過ごせそうだ。良きかな、良きかな。




