お茶会デビュー、無事に終えられましたよ、お兄様
お茶会は、一時間くらいでお開きになった。マレーネ様に招待していただいたお礼を言い、公爵邸を後にする。
「…………つっかれたーぁ…………!」
馬車に乗り込み、公爵邸から遠ざかったところで、わたしは体の力を抜いて大きく息を吐いた。いやもう、ほんと疲れたわ。
「お茶会は、楽しめませんでしたか?」
「楽しいときとそうでないときの落差が酷くて……。アップダウンの激しさに疲れちゃったの。楽しかったことは楽しかったし、有意義なお話も聞けたのだけど……」
「疲れた、という印象が強いと……」
「そうなの。どうしてあの人たちは、人を下にして、自分を上にしたがるのかしら……」
言わずと知れたふたりの男爵令嬢のことである。
ダンスの話題になったときも「たくさんの人からダンスを申し込まれた」「ダンス中の会話は当たり障りのない無難な話題ばかりで面白味に欠けた」「自分たちをばかにしているようにしか思えなかった」──と。
もう、あきれるしかないわよ。マレーネ様もヒューズ伯爵令嬢も「あ、そう」という感じで、スルーしていたわ。ネックス子爵令嬢とターナー子爵令嬢は、ぎょっとしていたけれど、マレーネ様たちがスルーしたので、おふたりも無反応に徹することにしたようだ。
庶民派の方々は逆に「本当ですか」と目を輝かせていたけれど、「無難な話題ばかりで面白味に欠けた」という発言で、上がりかけた評価をまた下げてしまう、という結果になってしまった。
というのも、初めての方との会話は無難なものを選ぶべし、というのが鉄則。
また、舞踏会など、たくさんの人が集まるところでの会話は、誰かに聞かれていることを常に意識しておくこと。こちらもよく言われることだ。
つまり、淑女として知っていて当然のこと。それを否定するようなことを言っては……ねえ? 仮デビューした淑女なのに、こんなことも覚えてないの? となるわけだ。
「それは、一代貴族のご令嬢たちのことでしょうか?」
「……ノーコメント」
「それって、肯定しているようなものですよ、お嬢様」
くっと喉の奥を震わせて、リーロが笑う。わたしは肩をすくめて、もう一度「ノーコメントよ」と繰り返した。真似をしたわけではないと思うけど、リーロも肩をすくめ、
「一代貴族の子供は、貴族の権利ばかりに目を奪われて、貴族の義務には無頓着らしいですよ。そりゃそうですよね。背負う命がないんですから。自分の言動ひとつで、家や人ひとりの命が左右されるなんて、考えもしないんでしょう」
「あぁ、なるほど」
ノブレス・オブリージュ。高貴なる者の義務と訳される言葉は、学院の授業で習うものではない。それぞれの家で教えるものだ。
それは、武門の家柄とか文官を多く輩出している家柄だとか、そういった家々の特徴や、領地の気候などに影響される風土の違いなど。考え方が違うから、一律にこういうものだと教えることが難しいからだ。大まかなガイドライン的なものもあるにはあるけれど、それらの取捨選択はやっぱり家の考え方に左右される。
「メイドとして働きに出た家がちょうど一代貴族だったんです。爵位を得て、もう四年か五年経つという話でしたが……その家、娘のせいで没落しましたからね」
「どういうこと?」
「発端は、とある夜会にその娘が自分でデザインしたドレスを着ていったことです。それがとある伯爵家の令息の目に留まり、褒められたそうですよ。『かわいらしいドレスですね』とかなんとか……」
「……話の流れから想像するけど、それって褒めてないわよね」
たぶん、「あなたには似合わないけど」みたいなニュアンスの副音声が隠れていたと思う。
「その通りですよ。私の目から見ても、あの年の令嬢が着るにしては、子供っぽいデザインでしたから……。心の中で、アナタおいくつですか? って思っていましたよ」
何となく想像がつくわ。
「それでまあ、ドレスを褒められて嬉しかったのでしょうね。ドレスを褒められた話がだんだん大きくなって、最終的にはその令息が求婚したことになっていましたから」
「うわぁ……」
ドン引き。でも、人のうわさはどんどんと大きくなっていくものだ。
「当然、伯爵家からは勝手なことを言うなと正式に抗議されましたし、その令息からは、君なんかに求婚するわけがないだろうと、言われたそうですよ。令嬢のドレスを褒めたのも、五歳になる姪が着たらよく似合ってかわいいだろうと思ったからだそうで──」
五歳児と同レベル……! 一体、どんなデザインだったのかしら? それはそれで気になるわね。後で、絵に描いてもらおうかしら。
それはともかく、伯爵家から睨まれたら、一代貴族の男爵なんて転がり落ちていくしかない。社交界は怖いところだということがよく分かる事例だわ。お~、怖い。




