あら? 意外な名前が出てきましたわ、お兄様 3
「男爵家の娘が伯爵令息と両想いだと吹聴して回るなんて……」
語尾を濁してはいるけれど、その後に続く言葉は「恥知らず」だとか「身の程知らず」だとか、そんなところでしょうね。ただ、ガヴァージュ男爵令嬢の意見は間違っていない。
もし、違っていたら赤っ恥もいいところ。それに、その話がどう広まるかによっては、迷惑料だのなんだの、言われる可能性だってある。うわさは怖いのよ、うわさは。
「ウルリカも外でそんなことは言いません。私にしか言えないのです。友達がいないので」
あ、ずばっと言った。ミス・ランデルが思うに、自分の方が上なのだと誇示したいのではないかとのこと。…………ありそう。
「なあに、それ」
ブラックマン男爵令嬢もあきれ顔。「ずいぶん薄っぺらいのね」と肩をすくめているが、あなたも負けず劣らずじゃありませんかね? いやいや。人の振り見て我が振り直せ、だ。喉元まででかかった言葉を飲み込み、この場をやり過ごす。
「ミス・ランデルは心配かも知れませんが、ここは静観しておいた方がいいでしょう。お話を聞く限り、下手に忠告すると余計に拗らせそうな気配がしますもの」
ミス・レイトンの言う通りだと思うわ。ヒューズ伯爵令嬢も「そうね」とうなずき、
「貴族の婚約は、最終的に父親がまとめるものよ。ふたりが本気なら、今頃はお父様にかけあっているのではなくて?」
「サンドロック伯爵令息が、ラント男爵令嬢をもてあそんでいるかもしれない、というのなら早急に手を打つべきだろうが──」
マレーネ様の視線が「どう思う?」とわたしに問うている。答えはもちろん、
「そんな方ではありませんよ」
これは、はっきりと断言できる。
「でしたら、私たちにできることは何もないかと思いますわ。これから、社交の場でお見かけしたときはさりげなく様子をうかがっておくようにいたしましょう」
ターナー子爵令嬢が、見守り宣言をしたのでこの話題はこれで終わりになった。正直、消化不良だけれど、部外者のわたしたちがあれこれ言うだけ無駄だもの。何の解決にもならないわ。小さな親切、余計なお世話というものだ。
ただ、フランク様には「こんな話を聞いたのですが」と伝えておこうとは思っている。
あまりよく知らない人だけど、彼女、粘着気質のような気がするもの。気づいたら外堀を埋められていた、なんてことになったら……ややこしいことになりそうな気がするし。
もし、そんなことになったら、事前に知っていたぶん、わたしが「ひえぇぇぇ」ってなりそうだし。予防は大事。
「よろしくお願いします、ターナー子爵令嬢。先ほども申しました通り、わたし自身、ウルリカの言っていることは半信半疑……いえ、七割くらい疑っているのです。ですが、嘘だと決めつけるわけにもいかなくて……」
その方がいいでしょう。ミス・ランデルが、七割の確率で疑っている根拠は、『君の淹れたお茶を毎日飲みたい』と言われたという話。
「正直に申しまして、ウルリカが淹れたお茶は普通なんですよ。もちろん、良い茶葉を使えばそれなりに美味しいお茶は淹れられますけど……」
言葉尻は濁して、彼女は肩をすくめた。隠し味は恋という可能性もありますしねえ……。
「ディルワース公爵令嬢、招いていただいた立場でありながら、個人的なことを話題にしてしまって、申し訳ありませんでした。ところで、お話は変わりますが、皆さまは昨夜の舞踏会でどなたかと踊られたのですか?」
話の中心だったミス・ランデルから、舞踏会の話題を振られたため、皆さまの関心もそちらに移っていく。元々、お茶会の趣旨が舞踏会の話をすることだったのだから、本来のテーマに戻ったという感じね。
仮デビューの令息、令嬢はそのほとんどの方がエスコートなしのおまけ扱い参加である。上級貴族であれば、一族から年頃の方をパートナーとして参加することもあるが、
「私は兄上たちと踊っただけだな。エスコート役も頼まなかったし」
マレーネ様が肩をすくめて答えた。
お兄様とは踊っても、お父様とは踊らなかった、というところに確執を感じるわ。ちなみに、マレーネ様は、第四子。上にお兄様がおふたりとお姉様がおひとりいらっしゃるそう。
ヒューズ伯爵令嬢はパートナーと踊り、お父様と踊られたそうだ。伯爵家は弟様が継ぐのだとか。まだ、十歳なので舞踏会はお留守番。
ネックス子爵令嬢とターナー子爵令嬢は、残念ながら踊らなかったらしい。
世間では、既婚女性であっても、ひとりでいることは好ましくないと考えられている。だから、親子三人で参加したおふたりは、お母様をおいて踊りにいくわけにはいかなかったらしい。
わたしとしては、はあ? 何それ? と思わず顎をしゃくれさせてしまうけれど、そういう風に世間が考えているのだから仕方がない。
おふたりが合流できたのは、やや遅い時間帯だったので、踊ることはあきらめたそうだ。
社交界って、こういうところが面倒くさいのよねえ。