三話
「うおぉぉぉお!!」
また奥から……めちゃくちゃ遠くから誰かがアニメで見るみたいに土煙を上げて走ってくる。
次は伯爵本人かな? ダンディなおじさんで、スキンヘッドにスーツのような正装をしているが……ふふ、全く似合ってないな。
似合ってない……ハット帽……あ~、吐血しそう。
『は、伯爵様?!』
お、やっぱりあのおじさんが伯爵か。
て、やばい、走ってこっちに来る! 避けなきゃ!
「メッシュ、お前は……いい加減にしろ!」
「いで!?」
うお! こっちじゃなかった。
お兄さんは伯爵渾身の長距離助走ドロップキックを喰らって後方へ吹き飛ぶ。
あれ、大丈夫なのかなぁ……。
「メッシュがすまんかった!!
そして、娘を連れて帰ってくれてありがとう!!」
へー、お兄さんの名前はメッシュっていうのか。
うわぁ、気絶したまま痙攣してる……絶対痛いよ。
「し、しかし、妹は貴族として学園に通う義務がある!!」
メッシュが立ち上がって反論する。
うん、それは正論だけど、回復するのが早すぎてビックリしたわ。
「よくわからんこと言うな! 黙ってろ!」
「ぐへぇ! り、理不尽だ!」
同情するよ……僕は殴り飛ばされたメッシュに向かって目を閉じ、黙祷する。
「そんな顔で俺を見るな!!」
「さて、話をしようかメリー殿」
おぉ、見事なスルースキル。メッシュがかわいそうで仕方ない。
「メリー公爵家といえば、この大陸で知らぬ者が居ないほどの名門であり、立てた武功は数知れず……そんな貴族家が義務を知らないなんてことはないはずだ。
それとも、メリー家は法律を無視すると言うのか?」
確かに公爵家と言っても法律は絶対だし、破ったら御取り潰しだろうなぁ。
てか、合った事もないのにメリー家の名前使って暴れるのは罪悪感があるな。
しかも、ゲーム内での僕の設定は活きてないから、名前だけでは解決できそうにない。
でも彼女は学園には行きたくないみたいだし、僕としてはこの世界に来て最初に会った人で、『希少種の実験台が欲しかった』と言っても、折角助けたのだから、ここで彼女を見放すのも気分が悪い。
いっそのこと、身代わり人形でも用意して入れ替わるか?
「メリー殿……俺だって、あんな飢えた狼共の巣窟にかわいい一人娘を行かせたくはない!」
伯爵、貴方も親バカだったのか。
周りを見ても、ピンク色の執事に、愚民連呼する嫡男、親バカマッチョ……まともな人は僕しか居ないのか!?
「なんだ、そのやれやれって顔は。
連れてきて道間違えました、とか言い出したお前が一番やばいよ」
メッシュが何かほざいているが、ここはスルースキルの見せ所だ。
そういえば魔法なんて羊飼いの『スリープ』しか覚えてないし、使った事もなかったなぁ。
考えると、そそられる。やっぱりファンタジーと言えば魔法だし、学園で魔法を学んでみたい!
……でも『ワールド・キングダム』を始めてから、ゲーム内でしかコミュニケーションを取らなくなって、僕は重度のコミュ障を発症した。
リアルではいくえが居たけど、もし友達が一人もできなかったら……そんな恐ろしい学園生活は嫌だ!
よし! アウラを巻き込もう!
「ねぇ、アウラ」
「へ?」
先程まで会話に参加できず、蚊帳の外に居たアウラは急に話しかけられて間抜けた声を出してしまう。
「友達になって、一緒に学園に行かない?」
「だ、だが私には魔法が……」
アウラは僕に言われても迷っているようだった。
くっ、このままではボッチになってしまう!
どうにか勧誘しなくては……僕はポンポンと服を叩いて、探し物をする。
「お、あった。これを使って」
「これは?」
僕は綺麗な漆黒と、光を反射して禍々しくも魅力的な光沢を放つ指輪を差し出す。
これは以前、自分たちのギルド『集王』と戦った時に魔王が持っていたアイテムだ。
名前は『魔増と恐減の指輪』というらしい。
ネーミングセンスは二流だけど、能力は一流。使用者の魔力を無限倍に増量し、あらゆる恐怖を無効にするスキルが付与されている。完全にチートアイテムだ。
「空に向けて、何か魔法を使ってみてよ」
「……」
アウラは俯いて無言になってしまった。
一体どうしたのだろう?
「妹は生まれつき魔力が少なく、魔法はトーチレベルの下級魔法が限界だ」
立ち上がって、服に着いた汚れを手で払っていたメッシュが真面目な顔になって言う。
もしかして、メッシュもシスコンなのかな?
……さっきまで瀕死だったハズだけど、平然としている姿を見ると、いつも伯爵から瀕死レベルの攻撃を喰らって耐性が付いているのだろうか。
「大丈夫、僕を信じて」
僕はウルルの外見を悪用し、上目遣いで頼んでみる。
アウラは不安にそうではあったが、魔法を使ってくれた。
「トーチ」
呟くように詠唱されたトーチの火は、炎の龍になって正面にいた僕に飛んでくる。
ぐへぇ、なんでだ。炎龍に攻撃されて、僕も口からゴホッと煙を吐く。
ま、まあ上手くいったし良かった。
「流石、我が娘だ!」
「じいは……じいは感動しましたぞ!」
「今の魔法は一体なんだ!?」
三者三様の反応を見せて驚く伯爵、じい、メッシュ。
ふふふ、僕にかかればこんなもんっすよ!
「ドヤぁ」
炎龍の作った深いクレーターの中から、這いながらやっとの思いで出た僕は皆に向かってドヤ顔を見せるが、それどころじゃないようだ。
「今の魔法はなんだったんだ、学園でも見たことがないぞ!」
「じいは、じいは……!!!」
「すごいぞアウラ! 流石我が娘だ!」
「父上やめてくれ! 恥ずかしいじゃないか!」
アウラは伯爵に肩車されて、顔を赤くして恥ずかしそうだが、嬉しそうに笑っていた。
邪魔するのは野暮だろう。
でも、僕も寂しくなっちゃうなぁ。
「ウルルー!」
アウラがこっちに手を振って向かってくる。
伯爵を上手く操作して肩車のまま来るとは……なかなかやるじゃないか。
でも、そのまま来られたら伯爵の突進で吹き飛ばされそうだから、止まってくれると嬉しいな。
「うわあああ!」
案の定、伯爵はノンストップで走ってきて僕は吹き飛ばされる。
しかも、また龍のクレーターの中に落とされた。もう一回上がるのか……最悪だぁ。
◇
伯爵家の屋敷で、一番奥の豪華な客間に案内されていた。
対面する虎柄のソファにずしりと腰かけて、こちらを凝視してくるスキンヘッドでマッチョな伯爵。
メイドさんが紅茶を出してくれたが、とても手を付けていい雰囲気ではない。
プレッシャーで死にそうだし、紅茶も冷めないうちに飲みたいんだけど。
「――」
「……」
ダメだ、怖い。
何も話せない、だれか助け舟を出して!
「……ということで」
「いや、何が?」
いきなり「ということで」とか言われても分からんよ。
「ん? さっきから話を聞いていなかったのか?」
伯爵はキョトンとした顔で首をかしげる。
いや、ずっと無言だったでしょ。
「……」
って、また怖い顔して無言に戻っちゃった。
もしかして、すっごい小声で話してる? 聞こえる訳ないじゃん。
「ということで!」
「はい、なんでしょう」
もう、スルーしよう。
「メリー殿、娘に素晴らしい魔道具をありがとう!
これで魔法を使えない事でいじめにあうこともなくなったし、アウラ自身も今まで以上に元気が出た!
本当に、なんと感謝したらいいか……」
「いえいえ、頭をあげてください伯爵。
お互い様ですよ、友達ですから」
そう、友達なのだから助け合うのは当たり前だ。
これからも何かあれば頼って欲しいし、一緒にやってみたいことも沢山あるもだから。
「うぅ、ありがとう!」
「ははは……」
伯爵は腕を顔に当てて、号泣を始めた。
何をしていいか分からず、ただただ乾いた笑いが出た。
「メリー殿!」
「は、はい!」
伯爵はいきなり立ち上がって、叫ぶように僕を呼ぶ。
真面目にビックリするので、いきなり大声を出すのはやめて欲しいのだけれど。
「今日は我が伯爵家で宴を楽しんでくれ!
一応、メリー家にも連絡は入れておいたから、明日には到着するはずだ!」
「あ、ありがとうございます」
すごい気迫に思わずのけぞってしまう。
しかし、宴かぁ。ゲームのし過ぎで、友達からも誘われなくなったから現実のパーティなんて久々だ。
誰かの家に招かれて、お泊り会みたいなのかな? 楽しみだなぁ。
ん? メリー家が来るの?
え、多分、ゲームの設定が活きていなかった以上、メリー家と僕はほぼ無関係だろうし……なのに家名を使って大暴れしたのを考えると、怖いなぁ。
「ウルル! 早く行こう!」
赤い浴衣姿のアウラがドアを勢いよく開けて、部屋に突撃してくる。
うん、悩んでもしかたないな。今日は折角、友達とのパーティなんだから楽しもう。
「え、行くってどこに?」
「こっちだ!」
アウラに手を引かれながら僕は歩いて行く。
屋敷じゃないのかな? 一体どこであるんだろう?
「今日は店も屋台も食べ放題だぞ!」
なるほど、お祭りみたいだ!
それに、女の子に手を引かれて行くって、何かドキドキする。
もしも、いくえが居たら「遺言ぐらいは聞いてやるよ」って言いながら切りかかってくるだろうなぁ……遺言とか聞く気ないでしょ、即殺しに来てるもん。
「我が妹と、仲がよさそうだなぁ?」
あ、メッシュだ。
なんだろう、額に青筋を浮かべてすごく怒ってる。
ドス黒いオーラが能力を使わなくても、目視できる。
「いいご身分だなぁ?!
遺言ぐらいは聞いてやるよ!」
うわ、メッシュといくえって同じ人種だったのか。
非リアは大変だねぇ。まあ、僕は非リアどころか、ボッチでしたけどね!
うわ、危ない。メッシュがいきなり剣で切りかかってくる。
殺意高すぎでしょ、あと遺言は聞いてくれるんじゃなかったの?!
「貴様の悲鳴を遺言として語り継いでやろう!」
いや、悲鳴が遺言だって言いたいの?
もう、病気だよ。あと、語り継がんでいいわ。
「ウルル! この焼きそば、美味いぞ!」
「う、うん」
僕はアウラに連れて行かれて、屋台を回っていた。見事なスルースキルだ、メッシュは家でいつもこんな扱いなのだろうか?
「こっちだぞー!」
「今いくよー!」
アウラに呼ばれて付いて丘を登っていくと、街の明かりから遠のいて星がはっきりと見える草原に居た。地面には、花も咲いていて見える地平線が美しい。
素敵な場所だ。草の上に座るとフカフカして気持ちいい。星の綺麗で静かな明かりに、街の明るくて暖かい光、落ち着く場所だ。
――ドーン!
「ふぇ?!」
危うく眠りかけていたところに、大きな音が鳴って飛び起きる。
目を覚ますと、ピンクや赤、そして青など色鮮やかで、空に咲く花火があった。
「綺麗だなぁ」
「そうだろう? お気に入りの場所なんだ!」
うん。本当に綺麗だ。
でも、なんだか花火の音にも慣れて、最高の景色とフカフカの芝生の上で段々と眠くなってきた。
「ウルル実は……」
花火の音を聞きながら、僕は意識を手放した。
アウラが振り返って何か言おうとしていたけど、ごめんよぉ。
これからも、お願いします!